2-3 悪い予感

 午後二時七分、ゼナダカイアム司令室。

 ある僻地での任務を終えて帰還した大和優子は、蓮見二尉に呼ばれてモニターが四つもある彼のデスクのところへと足を運んだ。蓮見の他にも小向、三登里、麦島といった隊員らが待機しており、そして何かと目ざとい近藤も近寄ってきた。


「大和司令、こちらを聴いてください」


 眼鏡をクイッとした蓮見の固い表情から、大和は事の重要性を感じ取った。


「先日の戦闘データから興味深いものが得られました。α―Ⅲ型が来臨形態へ移行した際、Zレガシーが謎の音声を拾っていたんです。マイクが破損していて雑音がひどいですが、おそらくヤタガラスのものだと推測されます」

「再生しろ」


 稀に地球の言語を話すヨルゴスもいる。〈ヨルゴスの来寇〉当時のデータによると、喋るヨルゴスは彼らの中でも上位の立場――一際強い力を持った存在だと言われている。だとすれば、ヤタガラスを倒したことはこちらにとって大金星となるが、多くの謎が残る。

 まず一つは、〈ヨルゴスの来寇〉の際にもヤタガラスは存在していたが、当時は地球の言語を話す能力を持っていなかったということ。次に、二本足だったのが三本足となり、重力操作の力も前回よりパワーアップしていたということ。そして、それほどの力を擁していながら、ヤタガラスはα―Ⅲ型に敗れてしまったということ。

 それらの謎を解明するヒントが得られるかもしれない。隊員たちは胸に期待を膨らませ、耳をそばだてた。


『……なん……った……ライヱだ』


 蓮見の言った通りの雑音のひどさだ。ノイズの中に音声が混じったと言ってもよい。だが、ぎりぎり聞き取れるのは人間の補間能力のすごさ故か。何と〇〇なゼトライヱだ――少なくともそのような意味合いを持つ言葉を、ヤタガラスは確かに喋っていた。


『……えいら……ただ……』


 最後の方はどうやっても聞き取ることができなかった。大和は蓮見に視線を送ったが、彼はかぶりを振るばかりだった。わかったことと言えば、ヤタガラスの声は人間の男性の声と何ら変わりないものだということくらいだったが、隊員たちはすぐさま吟味の時間に入った。


「紛れもない日本語じゃな」

「何と言っているのでしょうか」

「これだけでは判別できんな」


 近藤と三登里が思案顔を浮かべるなか、確然とした声を上げたのは蓮見だった。


「麦島二尉、ヨルゴスに感情という概念は存在するのでしょうか」

「個体差はありますが、あるのは確かです。ヤタガラスの場合は体の構造もヒトに近いですから、ある程度の感情は持っていると思われます」

「だとしたら、一つの事実が浮かび上がります」


 蓮見以外の全員が彼の方を見る。蓮見は自信ありげというわけでもなく、あくまで淡々とした様子だった。


「言ってみろ」大和の命令に頷いた蓮見は、皆に聞かせるように口述を始めた。

「ヨルゴスにとってゼトライヱは天敵に近い存在です。にもかかわらず、α―Ⅱ型が倒れた直後、再びその天敵が目の前に現れたというのに、ヤタガラスの声の抑揚にあまり変化が見られない。もっと驚くのが妥当ではありませんか?」

「た、確かに……。じゃが、それが一体何を意味するのか」

「今のところ、情報不足でこれと断定することはできません。ヨルゴスの習性や行動理念も、ヒトの考えに基づいた憶測に過ぎないのが現状ですから。しかし、声の抑揚という一点それのみを基にするならば、ある一つの事実が言えるのです」


 誰も蓮見の口述に割って入ろうとしなかった。おそらくここにいるどの隊員の予想よりも、彼の意見が最も正解に近いのだろうと直感したからだ。

 間を充分に置いた蓮見は、一呼吸のうちに自身の推論を述べた。


「α―Ⅲ型の出現は、ヤタガラスにとって驚くべき事象ではなかったという事です」

「それはつまり――」


 三登里が何か言い終える前に、連絡用の電子音が小向のデスクから鳴り響いた。間の悪さからなのか、不穏な気配を大和はいち早く察知した。そしてそのような悪い勘というのは、得てして当たるものである。


「こちらゼータワン。はい……何ですって!? 詳しい状況を!」

「どうした?」


 大和の方を振り向いた小向の目から、尋常でない空気が伝わる。


「杉並区阿佐谷のショッピングモールで、襲撃事件が発生した模様!」

「新手のヨルゴスか!?」近藤の一声に、隊員たちは心を震え上がらせた。

「そ、それが……」


 ところが、小向は頻りに困窮した様子で言葉を詰まらせた。新手のヨルゴスでなければ誰が襲撃したというのか。小向が言い淀んだ理由は、次の一言ですぐにわかった。

 いや、わかったわけではない。彼女と同じように困惑してしまったのだ。


「ゾンビ、だそうです……」

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