第20話「白き世界で―――神海咲子』


 恭子は自分の気持ちを想い人に伝えた瞬間、眩い光に包まれて、彼女の視界は真っ白に染められていき、最愛の人さえも見えなくなっていた。


 真っ白な世界でたった一人凛と立つ恭子。そしてその世界でぼうと現れる一人の女性と彼女の望む声。


『恭子、久しぶりね』


「お母さん……」


 自分の母親をジッと見つめながら、静かに微笑みながら恭子は問う。



「お母さん、私はちゃんとできましたか?」



『そうね……立派だった。偉かった。よく泣かないで我慢したね、本当に偉かったねって言って目一杯抱きしめて、頭を撫でてあげたい―――』



『―――んだけどねえ。まあ、こんなアホな娘に育てた私にも責任はあることだし、それに我が子ながらあの人に似てアホな性格が遺伝しちゃった運の悪さが本っ当に可哀想だわ』


 頬に手を当てて呆れ顔をする母親の姿をみて、恭子は素っ頓狂な声を上げた。


「おっ、お母さんっ」



『覚悟ねえ……。覚悟とか決意とか、そんな子供染みたことがそんなに大事かしら』


『恭子がタコガクに入学する為に必死で勉強していた時の事が今にも目に浮かぶわ。単純な式を解くのに必死になって複雑な計算をして、最初の頃は全然偏差値が上がらなかったわよね』


『もっと単純に考えなさい』


「考えましたっ!私は必死に考えました。ちゃんと考えて決めたんですっ」


『だから、アホだってのよ……』


 彼女が何度目かのため息をついた。


『貴女が頭をぐちゃぐちゃにして必死で出した唯一無二だと思っている答えなんて、私から見ればただ、自分の気持ちを誤魔化しながら、純くんと姫紀を侮辱しているとしか思えないわ』


『もっと頭を空っぽにして考えなさい。貴女が出すべき答えで一番必要なものは何?』


『覚悟?決意?そんなことは関係ないでしょう?……大事なのは気持ちよね?恭子の気持ち、私の妹の気持ち、そして一番大事なのは誰の気持ち?』



「……お、おじさんの、きもち」



『ちゃんと御覧なさい、今、純くんがどんな顔をしているのか、どんな気持ちでいるのかを』



 恭子は酷く焦った顔をした。



「みっ……見えないんですっ、目の前が真っ白になってしまって何もかもが見えないんですっ、おじさんが見えないんですっ!」



『それは貴女が見ようとしないからよっ!覚悟だとか決意だとかで目の前のことから逃げようとしているからでしょう!ちゃんと見なさいっ!』



『答えを出すなら、純くんの気持ちをちゃんと受け止めてから答えを出しなさいっ!!』



 母親の言葉のそれは恭子にとって目の前と共に自身の心の霧が晴れるかのようだった。




「おじさんっ!おじさんっ!おじさんっ!!」


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