第5話「木下直樹」


「遅いよ……直樹さん……」


 目を真っ赤に腫らせながら自宅玄関で直樹に向かってそう呟く都華子。


「すまない。とっちゃんまで来る途中、菜月に助けに行かせるために段取っていたから遅くなっちまった……でも、ギリギリだったらしいが恭子ちゃんとも合流できたみたいだ」


「良かった。キョウはもう一人ぼっちじゃないんだ」


「ああ……とっちゃんほどでは無いにしても、菜月は恭子ちゃんが心を許している数少ない大人だからな。俺よか随分心強いと思うぜ」


「そっか、ちょっと妬けちゃうかもだけど、良かった」


 複雑な心境ながらも本当に安心している都華子へ直樹が肩をポンと叩く。


「妬けるのは俺も一緒さ。ナベさんの所へ送り届ける騎士と白馬の役目は俺と愛車の筈だったんだけどなぁ……恭子ちゃんへの心象も菜月に比べると偉く信用無さげだしなあ」


 元気付けるつもりだったのか直樹が軽口のようにそう言うが、都華子はフルフルと首を振った。


「そんなことないよ……直樹さんは凄く頼り甲斐があるからっ。ホントっ憎たらしいくらいにねっ」


 ようやく、無理やりにでも笑顔を見せられるようになった都華子を見て直樹は改めて気合を入れる。


「よしっ!兼ねての手筈通りにすぐ準備しよう。さあ見てろ、今まで苦渋を舐めさせられ続けた反吉沢の大反撃開始だっ!」


 その兼ねての手筈とは都華子が直樹に電話で話した内容だった。



 直樹は都華子と共に彼女の部屋に駆け込むと大急ぎで自分のノートパソコンとカメラをセッティングする。


 二人がそれぞれのPCからネットで繋いだのはダンスを投稿していた動画サイト。―――そして生放送の申請。


「直樹さんっ、こっちは準備できたっ」


「こっちもOKだ」


「カウントダウンいくよっ……5!」


「……2……1っ」


「皆さんこんにちはっ、ヘタっです―――相葉都華子と言います」


 並んで座る直樹が都華子を見ると都華子が小さく頷いた。


「同じくこんにちは、エロ吉こと木下直樹と申します」


「「本日は皆さんに助けていただきたく生放送をさせてもらいましたっ」」


 二人はカメラに向かって深く深く頭を下げる。そしてまずは都華子が粗方の概要の説明に入った。


「助けてもらいたいのは、皆さんもご存知の通りのハピネスとその保護者のおっさんのことです。数時間前にオジサマはハピネス―――キョウの略取誘拐及び監禁の容疑で逮捕されてしまいました。キョウは一時的な保護を目的とした警察官から逃げています」


 都華子の第一声に生放送視聴者から様々な困惑と驚きのコメントが羅列する。


「でもこれは絶対におかしいことなんです。オジサマとキョウは血が繋がっていないにしても、キョウが生まれる前からの家族同然の付き合いですし、現在同居しているのも両親が死んだ後に引き取られた先で虐待を受けているのを知ったオジサマがその後見人の同意の下で救出したんです」


「皆さんはじゃあなんで逮捕されるのか?って思うかもしれないですけど、それには本当に本当に酷く残虐な理由があるんです」


 都華子がそこまで言い終えた後に直樹が横から割って入る。 


「ここからは俺から説明させて欲しい。先に言っておくけれど、にわかに信じがたい内容でもこれは真実だ。吉沢という徹底してこの街に中枢を築いた大財閥だからこそ成せる非道であり、恭子ちゃんがその正当後継者故のことだからだ」


「そして皆がハピネスと呼ぶ神海恭子という女の子は…………」


 直樹はゆっくりと丁寧に姫紀たちの母親のこと、そして咲子が屋敷から逃げ立したのちに恭子が生まれたことと純一の関わりなどを説明して、吉沢が警察を始めあらゆる機関と癒着しコントロールしていることを暴露する。


 その後は都華子へ知られないように両親が頑なに口を紡いでいた吉沢の非道の数々を矢継ぎ早に放つ。


 それは利敵行為に及んだり吉沢の内情を内部告発しようとした人物を自殺に追い込んで謀殺したり、家族を人質にとったりと、いち女子高生にはショッキングな内容であり、事実都華子の顔色からはみるみる内に生気が失われていった。


 しかし、都華子は恭子に思いを馳せ折れゆく心を寸前のところで押さえつける。


「皆さんは覚えていますか?過労で倒れたオジサマを自分の所為だと思い込んで元の虐待されていた家に戻ろうとしていたキョウのことを。そして、ただただ何も言わずキョウが自分の意思で戻ってくるために必死で踊り続けたオジサマの姿をっ」


「私はあの時にキョウを駅まで迎えに行きました。その時の彼女はただでさえ真っ白な顔がこの世の物とは思えないようなまるで幽霊のような顔色でただ電車を待ってました」


「あの時の姿はこの先永遠に忘れられないと思います。キョウが今現在またそんな姿になっているかと思うと、私はジッとしていられませんっ!今すぐ駆け付けたいっ、安心させてあげたいっ、震える身体を抱きしめてあげたいっ、またフザケタことを言うならデコに一発気合を入れてあげたいっ!!」


「でもっ、でもっ、私がキョウの元に行ってキョウを助けられたとしても、オジサマが解放されない限りキョウは救われないっ。私ひとりじゃオジサマを警察から取り戻すことができないっ!!」


「だから皆さん助けてくださいっ!どうか助けてくださいっ!吉沢という企業が警察を使ってありもしない容疑をでっちあげていることを一人でも多くの人に伝えてくださいっ!」


 最初のコメント以降打ち込みせずにただひたむきにジッと都華子たちの訴えを聞いていた生放送の視聴者たちから咳を切ったにように続々とコメントが寄せられていく。


『今すぐそっちに行く、おっさんが連行された警察署の名前を教えてくれ!』


「あっ、ありがとうございます!―――直樹さんっ」


「ああ、本当にありがとうっ、ナベさんは恐らく○○県の多胡中央署に連れて行かれた筈だっ。でも無理はしないでくれっ、皆が公務執行妨害で逮捕される危険も大きいっ」


『うるせぇ!ハピネスとおっさんの一大事を黙って見ていられるかってんだ!多胡中央署なら2時間もあれば着く俺が一番乗りだっ!』


『俺のバイクだともっと早いぜ』


『吉沢のオカシさは私も知っているわ!ウチから歩いて5分よっ』


『北海道の俺が今からそっちに行っても間に合わんだろうっ!近い奴等よっ、代わりに交通費くらい出させてくれっ、足やタク代が無い奴は俺のメッセンジャーアプリの○○IDに連絡入れてくれっ!すぐにメッセージペイを送金するからっ』


『俺は公安に電凸するぜっ!』


『阿呆っ、公安よりも監察の方が力があるんだよっ』


『どっちでもいいっ、両方にガンガン電話入れたれやっ』


「みんなっ!みんなっ!」


「本当に無理はしないでくれよっ、お前らっ!でもっ、でもっ、皆がナベさんと恭子ちゃんを助けたい気持ちが俺にはめっちゃ嬉しい!!」


「ねえ、直樹さん……キョウが戻って来るまでオジサマがやったように、私たちも願掛けをしようよっ!釈放されるまでは無理かもだけど、倒れる最後まで踊ろうよっ」


「勿論っ!」


 そして、午前である現在に祈りを込めたダンスを始めた二人は同日の15時29分32秒までずっと踊り続けた。

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