第27話「運命に身を委ねて」
「ん~、んん~ん~♪んっんんんっ、ん~ん~♪」
現在、恭子は俺のアパートのキッチンで本日踊っていたジグザグマリオネットという曲だと思われる鼻歌を交えながら料理を作ってくれている。
もちろん恭子の聖衣であるマイエプロンを着用して、だ。
恭子がヨシオ&マミのカップル(恭子曰く練習後に付き合い始めちゃったらしい)と学校の体育館へ向かったのが11時前後で、ちょっとだけと言いながら結局恭子がこのアパートに着いたのが夕方の16時頃だった。
俺が昼飯も食わず、どんな気持ちで待機していたか教えてやりたい。
まあ、そっから夕食の準備を始めてくれている18時の今まで、二人とも半泣きになったり、改めて再会の感動を味わったり、キャッキャウフフなやり取りもしたが、思い返してみるとこっ恥ずかしい限りなので割愛しておく。
「マミさんがヨシオさんのお弁当まで作ってたんですよ~。私もお昼がなかったから、少し分けて貰っちゃいました♡」
フライパンのジュージューという音と混ざり合った恭子の喜々とした声が心地よい。
「あの二人が一緒に踊っているところは、本当に息もピッタリ合ってて、お互いが信じ合っているんだなあ、って本当に感動しちゃいましたっ」
ラブラブなその二人にアテられたのか、恭子も嬉しそうというのが後姿をみてもわかる。
しかし、今の俺の心境はそうでもなかった。意外とヤバかった。
恭子に再会できたのはめっちゃ嬉しい。
恭子の手料理を今から食べられるのは最高に嬉しい。
しかし、問題はその後だ。
このアパートの部屋はひとつ。布団も一組しかない。
こんな場所に恭子を泊めるワケにはイカンだろうよ。もちろん布団くらいは昼間のうちに買っておくことくらいはできたが、そんなことしたら泊める理由ができてしまう。歯止めが利かなくなる。
皿に盛りつけられた肉汁の美味しそうな匂いが漂ってきたので、俺はこれを食す前にケリをつけておかねばと意を決した。
「恭子、近くのホテルをとっているから今晩はそこに泊まるといい。晩飯の後に送っていくから」
俺の声へ瞬時に反応した恭子が振り返っておっ?ていう目で見て来たが俺とて負けるわけにはいかない。
今の俺はあの頃の俺とは違うんだ。
その後ダッシュで駆け寄ってきた恭子に『ムリムリムリムリ』という感じで首を振りながらガン拒否された
「え、嫌です。私絶対にここに泊まりますからっ」
あれえ?恭子ってこんなに自我が強かったっけ?
「いや、ホラ。此処には部屋が一つしかないし、その、布団も一つしかないしな」
俺がそう言うと、恭子は少し顔を赤らめながら反論する。
「む、む、むっ、昔は一緒に寝てくれたこともあったじゃないですかっ!」
いつの時代だよソレ!!小学校高学年……くらいまではあったかもだけど、中学生にくらいからは多分ナイ!!師匠んちの居間で二人でごろ寝したとかをカウントしなければなっ!!
「それにっ、あちらのマンションでもおじさんが凄く酔っ払って帰って来たときもリビングのソファーで一緒に寝ましたっ!」
あ、会長と関久の社長と飲んで帰ったあの夜ってやっぱそうだったんだ……
俺が恭子の気負いに負けて床へあお向けに倒れ込むと、更に恭子はその上へ被さる様に迫ってくる。壁ドンならぬ床ドンの体制だ。
「私心配なんです、おじさんがひとりで九州に行ってちゃんと寝られているのか、心配で心配でたまらなかったんですから……」
一緒に布団だなんて、逆に寝られねえよ。俺の理性の方が心配だよ。
「もう、明日には帰らなきゃ、なんです」
「だから今日くらいはおじさんとずっと一緒に居たい、です」
そう言うと腕の力がフッと抜けた恭子は俺の胸板へ顔を落とし、エプロン越しの恭子の胸が俺の腹の上へと押し付けられる。
九州に着いていきたいという恭子の願いを俺が受け入れられなかったあの時に、数日間恭子から拒絶されたことがとてもとても恐ろしかった。
だから、これ以上の抵抗を試みる勇気がなかっただけなのかも知れない。
「…………わかったよ、恭子」
「おじさんっ、おじさんっ」
根負けした俺を見て罪悪感を感じたのだろうか、申し訳なさそうに切ない声で俺の胸に顔をウリウリしてくる恭子。
結局こうなるんだったら布団を買っておいた方が良かったと思う自分と、いや寧ろ買わなくて正解だったという自分が議論を繰り広げていたが……
もういい、何も考えたくない。
自分自身も何もかも、全てを自然に委ねよう。
「――――――みたいな展開を渡辺さんは期待してたと思うのだけれど、どうかしら相葉さん」
「キョウの顏ウリウリ状態からそのままブッチューって行きそうな勢いだったから、多分正解かな」
俺も然らばそうなっていても仕方がないという状況で姫ちゃんととっちゃんがこのアパートに突入してきたので否定はできない。
しかし、その時の恭子の反応は凄かった。自分の聖域を崩させないという対人スキルを発動した裏恭子慣れをしているとっちゃんや姫ちゃんでさえ一瞬『ヒィ』と小さな悲鳴を上げたほどだった。
「あの顔は凄かった、本当に凄かった」
「私も泣きそうでしたもの……」
トラウマになりかけていた二人が改めてその時の恭子の顔を思い出して言う。
「そっ、そんな顔なんてしてませんっ……本当に姫紀お姉ちゃんととっちゃんは大げさなんですから……」
恭子が色んな意味を含めた溜息を小さくつきながら、ちゃんと人数分の料理をテーブルに並べてくれた。
いや、大げさではない。いつもの恭子のおっ?っていう顔が戦闘力3000としたら、あの時の恭子の顏の戦闘力は52万だ。豆腐メンタルな奴だったらチビっていてもおかしくないくらいだ。
「ちなみに、アンタらはどうやって来たんだ?飛行機か?」
「自家用ジェットよ」
……流石は世界の吉沢だった。
「まあ、なにはともあれ久々に何時ものあの時の食卓が戻ってきたね~、ねっ、オジサマ」
とっちゃんはそう言って早速俺のおかずを奪おうとするが、そうはイカのなんとやらだ。
「おいっ、アホか、それは俺の恭子だ」
「え?何それ、どんな求愛?何のプレイ?」
おっと、また”~の料理”の部分を抜かしちまった。
恭子は顔を真っ赤にしているし、姫ちゃんは一瞬唖然となった後バシバシ真顔で俺を殴ってきやがる。
ちゃんと言い訳をしようと思ったが、そのタイミングで玄関のチャイムが鳴ったのでなんだかなぁ……って気分だ。
「なんだよ、ちょっと言い間違えただけなのにさあ……」
俺はブツブツを不貞腐れながら腰を上げる。
「はいはい、っと。一体誰だよこんな時に、職場の連中かな……?」
俺が玄関のドアを開けると、そこに居たのは佐々木さん(とヨシオくん)だった。
「来ちゃいました♡」
姫ちゃんがあの時の恭子の顔を見たとき泣きそうになるほど怖かったって言ってたが、佐々木さんの顔をみた姫ちゃんも戦闘力的には結構アレに拮抗してたんじゃねえかって思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます