第26話「救世主現る」


「おじさんっ、おじさんっ、おじさんっ!!」


「恭子!恭子!恭子―――」


 名前を連呼しながら駆け寄ってくる恭子を同じく連呼しながら公園のベンチの側で待っている俺。


 どうして恭子が此処に?


 聞きたいことはたくさんあった。


 言いたいこともたくさんあった。


 あの日からずっと直接会うことができなかった恭子に伝えたておきたいこともあったんだ。



 しかし、今彼女が何故か遠い九州の地に召喚されたのはきっと神様が俺の窮地を救うためだと思う。だから抱きしめたい気持ちも必死に抑えた俺は翻ってヨシオくんの方に向き合い、これでもかと言わんばかりの美しい『おひかえなすって』のポーズをとった。


「ここにおわすお方こそが、ヨシオくんを救う為に馳せ参じた踊りの先生にございます」


「はい?」


 俺に黙って九州に来てくれたってことは恐らく恭子なりのサプライズ再会だと思うのだが、それを不意にされた上に意味不明なこの状況にキョトンとする恭子。


「え、あ、え?ええっ?ハピ、ネス……さん?」


 対するヨシオくんの反応はまさに('Д')←こんな感じだった。


 ああ、なるほど。


 今ネットで拡散されている恭子のダンス動画は生放送を最後を切り取ったものだから、その時の俺は倒れて大の字で床に臥せっていた為、カメラにフレームインしておらず、生放送をリアルタイムで見ていた人以外は俺と恭子の関係性を知らないんだ。


 たった一本のしかも生放送の一部を拡散された動画にも関わらず、今やネットのダンス動画好きで知らない奴はおらず、にわかファンでさえ知っていると言われるほど生ける伝説となっている恭子がいきなり現れたのだから驚くのも無理はないだろう。


「今でもっ、しっ、信じられないですがっ、ハピネスさんにっ、お会いできて光栄です!!この前の料理動画も見ました!!!!!」


 おい、料理動画ってなんだよ。そんなの知らねえぞ俺。


 ちなみに拘束していた俺に振りほどかれた佐々木さんは不貞腐れているのか未だにベンチの上に膝を抱えて、恭子を指差しながら『誰ですかこの子、誰なのよこの子は』と、一人でボヤいていた。



 取り敢えずキョットンキョットンしている恭子にヨシオくんの抱えている悩みやその関係で俺がここに居る理由を説明した上で、顧問や部長に足りないと言われている大切な何かを見つけてヨシオくんに教えてやって欲しいとお願いする。


「はい、お力になれるかは分かりませんが、是非協力させてくださいね。ヨシオさん」


 恭子はとても暖かい顔で俺にコクリと頷いた後、ヨシオくんに対して笑顔でそう答えた。



 俺の責務の全てを恭子へ託した俺は買い物袋や恭子の手荷物を預かりって再びベンチに戻り『私は無視ですかー、そうですかー』と相変わらずイジけている佐々木さんを横に、噴水の前で再び踊り始めようとしているヨシオくんとその前で見守る恭子を感慨深く眺める。



―――ボクのココロは飛び跳ねて♪


 ―――ジグザク踊るよマリオネット♪



 そして、踊り終わったヨシオくんが音楽プレイヤーをオフにした後に恭子は何かを感じとっていたのか、彼の元へ駆け寄った。


「どっ、どうでしたか?ハピネスさん」


 俺のベンチからは少し距離があるので細かな表情はわからなかったが、息を切らせて戸惑いながら恭子に問うヨシオくん。


「はい、とってもお上手でした。腕はしっかり伸びていたし、テンポに合わせたキレも素敵だと思います」


「でも、踊っていたヨシオさんはとっても辛そうでした」


「私も踊ることがとっても辛かった時期があったんです」


「え……、ハピネスさんはその時どうしたんですか?」


「踊ることをやめちゃいました。今はまた踊れるようになりましたけれど」


「無責任な言い方かもしれませんが、ヨシオさんも辛いときは無理に踊らなくても良いと思います。でも、そうじゃなかったら、そうではないとしたら―――」


「初めて踊る切っ掛けになった事でも良いんです。自分が踊ることで喜んでくれる誰かを想いながら踊ってみてください」


「もう一度、今度は私と一緒に踊ってみませんか?ジグザグマリオネットは『誰かに動かされる自分の心を自分自身が”楽しむ”』っていう、とっても素敵な曲なんですからっ」


 恭子は戸惑うヨシオくんの手をとった。



 三回目の彼の踊りは最初こそ不安もあったが、恭子に言われたことを意識したのか、隣で踊る恭子のダンスに引き寄せられたのか、途中から徐々に表情が豊かになっていき、後半に差し掛かる頃には体一杯に喜びが溢れていた。


 隣の佐々木さんは隣の恭子が気になるのか、終始『何なんですか!アレは卑怯よ。反則!反則!』と、公園を散歩中の人や通行人を釘付けして止まない恭子の踊る姿を見て悲鳴のように連呼していた。


「ありがとうございます!ありがとうございましたっ!本当に―――」


 恭子と共に踊ったことで自分の変化に気づいたのか、ヨシオくんはこれでもかと言うくらいに恭子へ感謝の言葉を必死で伝えていた、その時だった。


「ヨシくんっ!ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」


 どこか遠いところで見ていたのだろうか、同い年くらいの少女がヨシオくんたちのところに必死で駆けよってきてひたすらに謝っていた。


「―――マミちゃん」


「あたし、知ってたの。ヨシくんがいつも不安そうに踊っているのを。伝えてあげたかったけど、先生や萩野部長が絶対言っちゃ駄目だって……でもすごく悩んでいるのも気付いていたから言わなくちゃ、言ってあげなきゃって……でも、何を言ったらいいかわかんなくて……」


 俯きながらヨシオくんと話していたマミちゃんとかいう少女は今度は恭子の方へ体を向けた。


「言葉では伝えられなくても、大切なことって一緒に踊ることで伝えられるんだって初めて教えてもらいました。ハピネスさん―――」


 恭子へ深く頭を下げるマミちゃんにはある種の嫉妬が含まれていたのかも知れない。


 それを謝意と善意に感じている恭子は、珍しく照れ臭そうにアタフタしていた。


「違うんですっ!私、そのっ、ジグザグマリオネットってすっごく楽しい曲だから、どうしても一緒に踊りたくなってしまって、そのっ、つい、ウズウズしちゃいましてっ―――」


 そんな恭子の慌てふためく姿を見たマミちゃんが堪え切れずに『あははっ』と噴き出してしまったので余計に真っ赤になってしまう恭子。


「ハピネスさん、凄く、とても厚かましいお願いだってわかってるんですけど、すぐ近くにある学校の体育館であたしたち二年だけでこれからダンスの練習することになってるんです。もしよければ、お願いですっ私たちと一緒に踊ってくれませんか!!」


 マミちゃんのお願いにパァと顔に花が咲いたヨシオくんもそれに連動する。


「僕はさっき小学校の時に誘ってくれて初めてマミちゃんと一緒に踊った時のことを思い出してダンスをしたんです。もしハピネスさんが皆と一緒に踊ってくれたら……僕みたいに悩んでいる友達もたくさんいますし、それに一生の思い出になります!!」


「えっ、あのっ、そのっ……」


 マミちゃん、ヨシオくん、そしてこっちの俺をキョロキョロと見ては更に困惑を深める恭子のもとへベンチから立ち上った俺は歩いて向かう。



「行ってこいよ、恭子」


「でもっ、私はおじさんに―――」


 さっきのような楽しさに満ち溢れる恭子のダンスを見て、踊りたい気持ちが絶対にあると確信していた俺は、恭子の長い髪をそっと撫でながら背中を押してやった。


「別に今日の内に帰るってわけでもないのだろう?」


 それは恭子から預かっている手荷物を見たらわかる。明日か明後日くらいは滞在予定のはずだ。


「今晩は久々に作りたての恭子の手作り料理を食わせてくれよな」


「はい……はいっ。じゃあ、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけマミさんやヨシオさんたちにご一緒させて頂きますねっ」


 ついに承諾の答えを聞けたマミちゃんやヨシオくんも凄く嬉しそうに飛び跳ねたが、一番喜びに溢れた表情をしていたのはその恭子本人だった。



 三人が連れ立って学校のがあると思われる方へ向かっていく姿を見送った俺は、恭子の荷物を置いたベンチに戻って、何故か半ば放心状態だった佐々木さんに声を掛けた。


「佐々木さん、これでミッションは成功だよな。恭子がウチのアパートに泊まるだろうし、俺はこれで帰らせてもらうよ」


 佐々木さんは俺の方へ腕を伸ばして口をパクパクさせながら何か言いたそうにしていたが、『お前何言ってんの?それマジで言ってんの?』みたいな因縁づけるチンピラのような目つきをしていたのでスルーしておいた。



 左腕に手荷物やら買い物袋やらを引っ提げて、右手こぶしを高くつき上げた俺はアパートに戻りながら声高々に喜々とした雄叫びをあげる。


「ひゃっほー!!今日は恭子を食べまくるぞーーー!!」


 勘違いしないように再度言っておくが、今の俺にとっては恭子の手料理=恭子そのものなのだ。



 そんな舞い上がってしまっている俺だったからこそ完全に失念していたんだろう。


 

 俺のアパートには部屋がひとつしかない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る