第16話「生放送DE試食会」―――都華子side


「直樹さーん、準備はいいっ?そろそろ時間になるよ」


「おうよっ!って、本番始まったら本名で呼ぶなよ、とっちゃん」


 以前学園祭の日に純一が倒れた後、姫紀のマンションで純一が動画サイトの生放送をしていた時に直樹と都華子がお互いに結構有名な躍り手だったと判明した関係で、いつか何かの機会に共演したいと言い合っていた。


 そして本日、恭子が吉沢グループの会食で手料理を振舞うというバイトのメニューを考える試食会が純一のマンションで行うのに合わせて、都華子の発案によりいっそのこと動画サイトで生放送してしまおうとのことだった。


 カメラを繋げたノートパソコンにきちんと画面が表示されていることを確認した都華子は開始時刻5秒前になって慌てて前髪を整える。


「えー、へたっチャンネルをご覧の皆様こんばんわ、踊り子JKこと、へたっ娘でーす♡」


 開幕およそ2000人の生放送視聴者からノートパソコンのコメント欄に挨拶が乱れるように流れている。


「あれ?ペタン娘じゃなかったっけ?」


「違うよっ!!それを言うならペタッ娘……いやいやどっちも違うしっ!えろきちさん、のっけからセクハラじゃん!!」


『おっ、まさかのペタッ娘とえろきちの夢の競演!?』


『ぶはっ!!いいぞ、流石の”えろ”きちだ』


 都華子のオーバーリアクションにより更に盛り上がりを見せるコメント。


「おっと、挨拶の前に名乗られてしまったけど、えろきちチャンネルをご覧のみんな、こんばんワッフル!踊って喋れるナイスガイことえろきちです。最近までは被り物で顔を隠していたけど、去年に顔バレしたのでこれからはペタン娘ちゃんに合わせて素顔でいくんで、そこんとこヨロシク!!」


 へたっ娘チャンネルに比べると若干少ないがそれでも同数の2000人に迫ろうと伸びを見せている視聴者からは浴びせられるようにコメントが流れた。


 抗議しても呼び方を変えない直樹を一睨みした都華子だったがもう諦めたのか、姿勢を正して進行を進めようとしていた。


「えっと、今回は私のクラスメートの女の子が短期バイト?になるのかな……その時に提供予定で考案している料理の試食会をふたりで食レポしたいと思いまーす……っと、その前に料理の一発目が出来るまでの間に恒例のコメント質問コーナーをしちゃおうかなっ」


「質問コーナーって、ペタン娘ちゃんの視聴者に媚びるスタイルは流石だな!」


「媚びてねえしっ」


 急造ユニットにも関わらず、ピッタリな二人の掛け合いに『w』のコメントがズラリと並ぶ。


「まあまあ、それよりえーと……『最近困ったことは?』だってさ?なんかあるの?ペタン娘ちゃん?」


「そんなの決まっているよ!この隣のえろきちが思った以上にエロいことだよっ!!」


「おっとー、お褒めいただき光栄ですな!」


「褒めてないからっ!……まあ、後は、それに比べたら些細なことだけど、元は動画編集用のハイスペックPCを買うために始めた動画チャンネルなのに、稼いだ広告料をお母さんに貯金を名目に全部取られちゃってることかなあ?」


「ガチなやつじゃんっ!!多分返して貰えねえよ……俺もお年玉貯金とか結局有耶無耶にされちまったしな」


「んー、でもお母さん弁護士だし、そこんとこちゃんとしてそうだから」


「弁護士だからこそ、今まで娘に買い与えたモノの領収書とかキッチリ取ってあってそれで相殺してそうww」


「なっ、何か私に怨みでもあるのっ?えろきちさんっ!!ハタチになったら返してもらったお金でえろきちさんみたいなスポーツカー買う予定なんだからさっ!」


「ほう……それじゃあ俺がお小遣いあげようか?ペタンコだけどJKだし……2万くらいが相場―――」


「ピー!ピーピー!何言ってんの!!それ以上言ったら駄目だよっ!NGだよっ!生放送なんだよっ、わかってんの?えろきちさんっ?」


「えっ?んっ?俺たち気が遠くなるほど遠いけど元を辿れば一応親戚になるみたいだし、ちょっと遅いけどお年玉の相場は高校生なら相場は2万くらいかなって思っただけなんだけどなぁ」


「―――!?んっ、けほんっ!……うん、えっと、そうだよね。お年玉だよねっ!知ってたよ、もちろん知ってたよっ!!」


『えろきち、わざとらし過ぎww』


『ペタッ娘、勘違い乙ww』


『む せ たwww』


『お前らもう付き合っちゃえよww』


『流石にJKじゃ社会人にやられっぱなしだなww』


 生放送が始まって10分程経過した頃には既に倍する程の視聴者数に膨れ上がっていた。



「もうっ、えろきちさんの所為で本題に入る前にもうクタクタでグダグダになっちゃったけど、ちょうど一品目の盛り付けが終わったみたいなので、さっそく試食してみたいと思いますっ!」


「おおっ、昼飯を抜いて来たから待ちわびてたぜ……ちなみに折角手料理をご馳走してくれる女の子の紹介はしなくていいのか?ペタン娘ちゃん」


「んー、恥ずかしがり屋さんだから秘密にしておこうと思ったけど、視聴者数的にはやっぱり言っちゃった方が良いよねえ……って、ことで今回の料理人は巷で話題沸騰中のハピネスちゃんですっ!!……ね、ちょっとだけ挨拶してっ」


 いきなり都華子に振られた恭子は、本当に少しだけだったがフレームインしてカメラに向かいとても恥ずかしそうに小さく手をフリフリしていた。


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』


『Σ(゚Д゚)』


『しっ、私服っ、至福っ、ハピネスの私服姿っ!!??』


『マジかー!!!!』


『ハピネスの手料理!!!死んだ、もう死んだっ!!』


 最終的に一番の盛り上がりを見せたのはこの瞬間だった。


 結局その後は料理をテーブルに並べる時も極力カメラに入らないように手を伸ばしていたので顔こそ映らなかったが、声はきちんと入っていたのでしばしばハピネスコールがコメントの一覧を占めることがあった。


「えっと、当日は手伝って下さる方もいるみたいですけど、80人程の方にお出しするには事前に作り置きが出来るものが良いと思いまして、最初の一皿目は”冷やしおでん”を作ってみました。洋酒にも合うように種は洋風のものを多くしてみましたので、直―――じゃなかった……えろきちさん?……にはお酒との相性のご感想もいただけたら嬉しいです」


「よしきたっハピネスちゃんっ!!俺に任せとけっ……まずはこのちょっと変わりダネの皮を剥いた冷たいトマトを一口―――あっ、これヤバい」


「……うん、これマヂでヤバいね」


 同時に一口目を口にしていた都華子も今まで回りに回っていた舌にも関わらず上手くリアクションが取れていない様子だった。


 直樹は黙々と冷酒やワインを冷やしおでんと交互に口にする。


「あー、ちょっとまず食わして、全部食わせて、喋るのは全部食ってからだこれ」


「わかる。無理だもん、こんなの喋りながらとか無理だもん。喋りながらなんてこんな超絶美味しいもんちゃんと味わえないじゃん……ヤバいよこれ」


『おいっ、食レポ!!』


『食わせてくれとは言わないから、せめて感想だけでもっ!!』


『ふざけんなお前ら!!ちゃんと喋れー!!』



「あっ、これもヤバい」


「ヤバい、ヤバい」


「ヤバい、あっ、そっちの具材俺のんに入ってない、くれ!」


「無理、取ったらマジでブツからね……あー、ヤバいねこのウインナー」



 結局次々と出される料理を、二人はほとんど食べるか、飲むか、絶句か、ヤバいとしか言えずに予定時間の終了を迎えようとしていた。


「あー、食った食った!最高だった」


「予定では最後は二人でダンスセッションすることになってたけど、ぶっちゃけ無理だよね」


「あー、ムリムリ、今は静かにこの至福の余韻に浸りたいしな」



『おいっ、ふざけんな!!せめて感想くらい言って終われよっ!!』


『何この生殺し感!!』


『ハーピーネースー!!!!』


『放送事故レベルだぞ、おいっ!!』


『ひでえ……動画でこんな仕打ち受けたの初めてだ……』



「あっ、もう時間だ、みんなサヨナラ~」


「じゃあな、また別の動画で」



 凄く淡泊な二人の〆の台詞と同時に画面がブラックアウトする中で恭子が最後の最後にカメラの端でまた手をフリフリしたせいで、画面が真っ黒のままコメントだけがもの凄い勢いで流れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る