第13話「暇なんだから仕方ねえよ」


「『アザラシ』……っと、これでどうだ」


 ピコン。


『おじさん、ええと……じゃあ私はシマウマですっ💛ひひーん♪』


 やっぱり2秒で返信が来る。

 

 余りにも暇だったので何となくメッセージアプリで始めた動物縛りのしりとりはもうかれこれ30ターンを迎えようとしていた。


 相変わらず謎なのは、恭子は間違いなく授業中のはずなのだがしりとり開始から現在に至るまで必ず即レスを返して来るところだ。


 まあ、かく言う俺も仕事中なんだけど……仕方ないじゃん。


 だって、平野が何一つとして俺に仕事を与えてくれねえんだもん。


 因みに昨日は九州名物しりとりだったのに、現地にいるにも関わらず恭子に大敗を期してしまったので、何としても今日は負けられない。


「しまうまー、まー、まー、まっ?」


 そんな感じで副主任の席を奪われ末端の席に移動した俺がブツブツ呟いていると、隣の席にいる酔うと一人称がアタイになる小柳ちゃんが変な目でこちらを見て来た。


「おっと、何だい?俺に仕事か?ヘルプかいっ?」


「……えっと、手伝って欲しいことは山ほどあるんですけど……平野さんがおっかないのでやめときます。因みに渡辺係長は何をそんなに熱中しているんですか?」


「負けられない戦いだよ。……ところで”ま”から始まる動物知ってたら教えてくれ」


「よくわからないですけど。マントヒヒとかですかね?」


 マントヒヒ頂きっ!ってガッツポーズを取ってたら、平野がおっかない目で睨んできたので、そそくさと机の下にスマホを隠す俺。小柳ちゃんはガクブルしながら再び猛烈な勢いで作業に戻っていた。


「おうおう、くわばらくわばら……『マントヒヒ』っと、少々ズルしちゃったけど、これで俺の勝利は確実だなっ」


 ピコン。


『マントヒヒは5回目くらいに私が出しましたよー💛おじさんの負けですっ♪なので今晩もおじさんのすべらないお話を楽しみにしていますねっ(⋈◍>◡<◍)。✧♡」


 マジかー。メッセージの欄を上の方にスクロールすると本当にマントヒヒが既に出ていた。


 ここんところ、しりとりやら何やらで負けた方が夜の電話ですべらない話をするっていう罰ゲームを設定しているのだが、正直もうネタがない。昨日なんかは思い返すと盛大に滑ってた感じだ。


 それでも恭子が俺を憐れんでか、どんな話題にでもキャッキャと喜んでくれるので逆に心が痛くなる。


「もうこうなったら、今夜は俺の初恋の話でもするしかないな」


 5割増しくらいに盛った初恋ストーリーを面白可笑しく頭の中に描いていると、真希先輩がチョイチョイと俺の方を向いて手招きして来たので、ホイホイと主任席まで駆け寄った。


「純一くん、ここんトコ見てくれない?……仕様書の都合で先行して作成しなくちゃならないんだけど、手前の部分を後回しにしている関係で全体の進行に大幅なロスができちゃっているのよ」


 おおっ、流石は主任さんだな。平野バリアの影響を受けずに俺を頼ってくれるのは今のところ先輩だけだ。


「ああー、本当ですね。こりゃ取引先へ仮納品するために、ウチの営業が妙なプライドで勝手にイジってる感じがしますね。よし来た!俺がいっちょ奴等をやっつけてきますわ」


「えっ?大丈夫なの?ココの指示を出しているの第一営業部だから正直格上の部署なんだけど」


 営業が仕事を取って来てくれるから現場に仕事が出来る。確かにそんな風潮もあるにはあるのだが、現場が仕事を完成させないと営業だって売ることはできないんだ。持ちつ持たれつの関係に格上も格下もねえよ。


「まあ、期待して待ってて下さいよ」


 真希先輩にそう告げてから、俺の仕事だと言わんばかりに平野へ変顔を見せつけてやってから俺は営業部に足を延ばした。


 

 正直言うと、こっちに赴任してきてまだそれほど経っていない俺の抗議なんて聞いちゃくれないかもと思ったりもしたけれど、結果的にはこちらの要望を丸飲みしてくれた。 


 負けちゃいられないと俺が30分程アレコレ巻くし立てたのだが、その最中も奴等『はい』と『スミマセン』と『了解しました』しか言いやがらねえ。


 何だかこれでは俺が変な因縁つけに来たチンピラみたいじゃないか。


 そもそも俺が営業部に突入した時点で、数人の社員が『ヒィ』と小さな悲鳴を上げていたところから変だった。


 後になって解ったことなんだが、どうも他の部署の奴等の中には俺のことを崩壊した職場に鉄槌を下し恐怖を以ってチームの連中を無理やり働かせていると誤解しているらしいのだ。


 怖いのは俺じゃなくて平野なんだがなぁ……



 結局、何だかモヤモヤした感じが拭えないままだったけれど、取り敢えず成果を得て帰ってきた俺を出迎えてくれたのは若干不貞腐れた顔をした平野だった。


「仕事の優先順位の件、助かりました」


「後……実務外で、これからもご助力願えないないでしょうか」


 絶対に俺には仕事をさせないマンの平野が実務以外とはいえ、殊勝にも俺に頼んでくるなんてどういった心の心境なんだ!とビックリしていたら、ふと視線を流すと小柳ちゃんがこっちを見て手をフリフリしているじゃないか。


 そして何が何だかサッパリだ、と言う顔をしている俺に真希先輩はこっそり教えてくれた。


「小柳さんがね純一くんが営業部に行っている間に……『渡辺係長をハブにするなんて可哀想ですっ!アタイそんなの間違っていると思います!』って平野に抗議していたのよ」


 お、おー? 小柳ちゃん酔わなくても正義感に燃えるとアタイって言うんだなぁ。ヤバい超可愛いんだけど。



 と、まあ、何とか雑用やサポート限定で仕事が出来るようになったのはありがたいが、飽くまでも実務以外のことなので暇なのは相変わらずで、俺だけ今日も定時上がりです。


 俺が九州に来て唯一わかった事と言えば、恭子とのメッセージのやり取りがめっちゃ楽しいという事くらいです。



 しかし帰宅後の恭子との電話でふんだんにフィクションを盛り込みつつ完成させた俺のすべらない初恋話を聞かせてやったら、滑るとか滑らないとか以前に、めっちゃ反応がよろしくなかった。


 おかしいなぁ。休憩時間に職場の若い奴に試しに聞かせてやったらドッカンドッカン笑っていたんだけどなぁ。

 

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