運命の日


 幾ページも連なった日記を読み耽るうちにとうとう最後の一日を残すのみとなった。


 私はその日を境に日記をつけるのを止めたんだ。


 そのページを開くために右手親指をスライドさせて1/3ほど捲っていた途中で一階に居るお母さんの声がした。


「都華子ー!彼氏さんがいらっしゃったわよー」


「ああ!もうっ」


 そう言えば、今日来るかもって言ってたことを忘れていた。


 日記なんて読んでないで、ちょっとは部屋を小奇麗にしとけばよかった。


 付き合い始めの頃はちゃんと玄関までお出迎えに行ってたんだけど、もうそんな初々しい時期は過ぎちゃっているので、彼が勝手にあがってくるのを待つ。


 そんな私を自分ながら可愛気がないかなぁーなんて思っているうちに目の前の扉からノックの音が聞こえた。


「どうぞ~」


「来たよ、とっちゃん」


「いらっしゃい」


 どれだけ慣れたといってもちゃんとノックをするところが彼の大人気おとなげであり、それに比べると出迎えすらしなくなった私はきっと子供なのだろう。


「本当に来るなら、事前に一報入れてくれても良くない?」


「いやぁ、ちゃんとメッセージは送ったんだけど」


 あら、ホントだ。


 日記を読むのに夢中だった所為か、着信に気づかなかったみたい。


 私が目を向けると、確かに日記帳の隣に置いてあるスマホには受信通知が表示されていた。


「ん、日記かい?」


「まあ、ね。随分前に付けるのを止めっちゃったヤツだけど」


「とっちゃんは飽き性だからなあ。因みに俺の事も書いてあったりするん?」


 そう聞かれたので、んーと考えるみると多少はあったなぁと思い出して、ついクスクスと笑みが零れてしまった。


「えっとね、あるにはあるんだけど、あんまし格好良くは無かったねぇ」


 そう答えたあと、また私はクスクスと笑う。


「おいおい、何だよそれ。ちょっと見せてみ?」


 彼は椅子に座る私の体の横へ手を伸ばし、机の上に置いてある日記帳を奪おうとしていた。


「ちょ、ちょっと待ってよ。ヤだよ、恥ずかしいからっ」


 私がそれを制止しようとしたとき、開いた部屋の窓から入る微風そよかぜに目の前の彼の髪がふわりとなびく。


 それが切ないほどに優しく揺れていたので、つい手で触ってしまった。


 細く柔らかい髪の毛。


 それは赤茶色にするために頭髪を脱色させた弊害なのかもしれない。


「……ねえ、髪の毛を黒に戻しなよ。もう良い年なんだからさ」


「んー、でも、とっちゃん的にも俺が若く見えた方がつり合いが取れるし、そっちのが良くない?」


「そんなことないよ。……だって、さ」


「だって?」


 本当はこんなこと言うのはデリカシーに欠けるかもだけど、私は貴方に比べてまだ子供なのだから笑って許して欲しい。


「……私の初恋の人はまだ、ずっと年上だったもん」


 

 日記帳の最後の一ページが窓からそよぐ風によって、パラりと捲られた。


 それは運命の日。



※ ※ ※ ※ ※ ※



某月 某日 オジサマが警察に逮捕された。



 それはオジサマが出張を終えて九州から戻った翌日のことで、オジサマの誕生日の前日でもあった。


 未成年の略取誘拐及び監禁の容疑。




とっちゃん日記(終)


 

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