第11話「後編、過去と未来の境目」


 俺たちがゲンちゃんに乗り込みヘッドライトに反射するキラキラとした粉雪が舞う白銀の景色の先へ向かったのは、あの日恭子の実家が売却される際に家のものを全て運び移した貸倉庫だった。


 エンジンの音が唸りを止め、ライトが照らす先に見える並んだ倉庫。


「おじさん……ここは?」


 移動中ですらこの場所の説明をしていなかったので恭子は何も知らない。


「入ればわかると思う」



 車を降りた俺は恭子の手を取り自分の契約している倉庫まで行って、その扉を開ける。


 何人かは人も入れる比較的広いスペースの倉庫。


「照明はどこだっけかな」


 スマホの明かりを頼りにスイッチを探し出した俺はパチリと電源を入れた。



「―――――――えっ?」



 恭子の口から洩れた蚊が鳴くような程の僅かな感嘆。



「以前に恭子のおばさんから家が売れたと電話があったときにな、俺と直樹で中の物を全部持って来たんだ」


 目の前に広がる神海一家の私物を眺めて俺はそう説明する。


 恭子の先に立って前を向いていた俺は、無言の彼女の反応が解らずにその場で振り返る。



「――――――――――」



 無表情のまま、真顔のまま、そして無言のままに、ただ涙だけが恭子の顔へ直線を描いていた。


 

 これは直視してはいけない。とっさにそう感じた俺は慌てて再度振り返り前を向く。



 その刹那―――



 背中全体にのしかかる重圧と、腹を締め付けられる腕の感触。


 

 そしてじわりと伝わってくる滴の温かみ。



「ぉじさん……おじさん、おじさん、おじさん―――純お兄ちゃんッ!!」



 恭子は背中から俺を抱きしめて、可能な限り全身を密着させていた。



「純お兄ちゃん!純お兄ちゃんっ!―――純お兄ちゃんッ!!」



 俺の濡れた背中は更に肩甲骨の両側にまで染み広がっているのを肌で感じる。


「また……ずいぶんと昔の、呼び方……だな」



「ずっと……ずっと、待っていたのに―――どうして、どうして純お兄ちゃんはもっと早く助けにきてくれなかったんですかッ!?」


「すまない」


「なんでっ!なんで……私なんかを助けに来ちゃったんですか!!なんで純お兄ちゃんは私を放っておかなかったんですかぁ!!」



「すまない」



 恭子にこの思い出の品々を見せるには時期が早すぎたのかもしれない。しかし、今だからこそ良かったと思う気持ちもある。


 正直わからない。でも、どちらにしても、恭子がきちんと先に進んで行くには必要なことであって、決して惨い仕打ちではないのだと信じかった。



「今は、全部は持って帰れないだろうけど……車に詰められるだけは詰め込んで帰ろうな、恭子」



 背中から腹に受ける体の締め付けは更に力を増して、俺の片足に恭子の両足が絡んでいく。



 そして時間が経過していくなかで、恭子の静かな嗚咽だけが倉庫を響かせていた。




 その日、俺と恭子が彼女の作ったクリスマスディナーを食べたのは日付が変わった深夜のことだった。


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