第21話「ついに限界へ」

 俺が駆け付けたときミスコン会場である体育館には既にかなりの人が集まっていた。


 開始時間直前に入場しておいてこんなこと言うのは何なのだが、欲を言えば最前の位置で恭子の勇姿を見たかった。


 幸いにも後ろの方としては比較的ステージが見やすい場所を確保出来たその時、ブラックアウトするかのように会場の照明がバツンと落とされる。


 そして、ステージのスポットライトが当てられた場所へ司会と思われる一人の男がやってきた。


『皆さんお待たせしました!!ただ今から……あー、第何回目だったけ?忘れてしまったは司会が私、ミッキンこと三木谷幹雄のご愛敬ということで、ただ今から学園祭恒例のミス・タコガクコンテストを開催致しま~すッ!!』


 その司会が喋るや否や周囲の生徒連中から『ミッキン最高!!』『大事なコト忘れんなー!!」など、盛大な拍手と共に声援やヤジも飛び交っている。


 こいつはどこの学校にも一人くらいはいるような学年を超えて学園全体の生徒から親しまれている人気者なのだろう。


 自己紹介から始まり観客イジリなども間に挟みながら彼のテンポの良い軽快なトークがコンテスト前の場を見事に温めている。


『ちなみに~、ここらでちょっと豆知識。本日メイド服姿で学園中を縦横無尽に駆け巡っておられ皆さん度肝を抜かれた方も多いと思いますがぁ!そう、あの数学の教師にして我らが学園の元祖アイドル、プリンセス吉沢姫紀ティーチャーは我が校生徒としての在学当時ミスコンに参加していないにも関わらずミス・タコガクに輝いたという伝説があるのです!!』


 マジか!!姫ちゃんってすげぇのな。


 周りからも驚嘆の声が次々と上がりざわついていたのだが、中々騒がしさが収まらないと思っていたら、近くで姫ちゃんが気まずそうにどーもどーもと会釈しながらこっちに歩いて来ていた。


「あの頃は授業以外の行事は家に閉じ込められていましたのに、学園祭の次の日に登校するといきなりミス・タコガクなんて呼ばれまして、ホント参りましたんですよ、渡辺さん」


 小声で俺に話しかけて来る姫ちゃん。


 おいおい、このタイミングで俺の隣に来んなってば!!


 皆が『この男誰だ!?』みたいな目で見てんじゃねえか……


 

 そしてようやく会場が静まったあたりで司会のマイクが再開される。


『さあ!今年は新たな伝説は誕生するのか!?総勢12名の中から選ばれるのは一体誰なのか!?持ち時間ひとり最大5分、なんでもアリのアピールタイム、それではトップバッターは2年A組の御手洗みたらい 朱音 あかねさん!よろしくお願いしまっす!!」

 

 拍手でステージに迎えられた最初の女の子は「1分で早着替えやります!」と言って、サポートの人が持っている薄っすい筒状のカーテンのなかで制服姿からなにやら着替えを始めだした。


 ほんとになんでもアリなんだな……


 サポートの女の子が60から59、58と数え始めて、残り10秒の『皆さんご一緒に』との呼びかけに合わせ会場のみんながカウントダウンを始めた。


『ご!よん!さん!にっ!いちっ……ぜろぉ!!』


 筒のカーテンがパッと床に落とされるとバニーガール姿に変身した女の子が両手を上に広げてセクシーポーズをとっていた。


 大きな歓声と共に男子生徒あたりからチラホラ『んだよー、ポロリはねえのかよッ』といった落胆の声も聞こえる。


 いやはや、今時の女子高生は発育が良いというかなんというか、流石の俺も(何が流石なのかはわからないが)一回りも二回りも年下の女の子にムラムラしそうな勢いだった(ムラムラしたとは言っていない)。



 掴みはオッケーのようで初っ端から場の雰囲気は盛り上がりを見せており、後に続く参加者たちも歌を歌ったり、一人漫才を始めたり、中にはビキニ姿でラジオ体操をやってのけた強者つわものまでいたりして、バラエティーに富んだアピールが次々に行われていた。


 ちなみに胴着姿で空手の板割りをしたボーイッシュな女の子なんかは割と俺の好みだったりする。



 しかし、そんな中で暗い会場内とチカチカと眩しいスポットライトの目まぐるしさに時折俺の頭にふらつきが感じられていた。


「……恭子の出番はまだか?」


 俺の小さなぼやきに隣の姫ちゃんが答える。


「参加者の登場順はランダムと言っていましたけれど、実は仕組んであるみたいですよ。ウチのクラスの三田原くんが言うには恭ちゃんはラスト、大トリ。5月という異例時期に編入してきてかなりの注目を浴びていた彼女ですから、運営サイドの生徒たちもその話題性を最大限に利用したかったようなのです」


 くそっ、最後つったら後4、5人もいるじゃねえか。


 俺は目をパチパチさせたり、深呼吸などをしてなんとかその間を凌いだが、正直そのあたりのステージの内容は余り記憶になかった。



 そして司会者による最後の参加者の紹介の言葉でバチッとスイッチが入ったかのように俺の意識は覚醒される。


『さあ、エントリー全12人もいよいよ最後となりましたッ!ラストを締めくくるのは1年にして既に密かなファンクラブもあるとかないとか噂する、謎の可憐な転校生!!』


『彼女はクラスの模擬店、喫茶メニューの料理で多くのお客さんの舌を魅了したとの情報も入っておりますが、加えて今度は我らの目も釘付けにされるのか!?C組の神海恭子さんです!!』


 なにやら贔屓じみた紹介の仕方に感じたが、恭子の登場前から生徒中心が騒めき始めたところを見ると確かに注目度が高いようにも思えていた。



 恭子が舞台袖からゆっくりとステージ中央に歩いてくる。


 ダンスを踊ると言っていたのでどんな衣装なのかと思っていたが、舞台に立つ彼女は学生服にスパッツかレギンスを履いただけの至ってシンプルな恰好。


 司会者からマイクを受け取った恭子が深くお辞儀をする。


『1年C組の神海恭子です』



 その後少しだけ間があいたと思ったら―――


『キョウ!!頑張れ!!』


 とっちゃんの声だ。


 それに続いて、メイド喫茶で見た同じクラスの子たちも同じように恭子を応援している。



『…………私は踊ることが好きでした』


『けれど、あることがあって、色んなこともあって、ある時から踊ること辞めてしまいました』


『私が踊ると周りの人にとても迷惑がかかるんだと思い込むようになって、それからは”ダンス”や”踊り”とか言葉を聞くだけでも心が痛くなってしまったんです』


『……でも、それでも……私の誕生日に、『もう一度踊っていいんだよ』って教えてくれるために、きっと初めてなのに自分自身で、一生懸命踊ってくれた人がいたんです』


『それは私にとって最高のプレゼントでした』


『だから、……ですから今日私は踊ります。大切なことを教えてくれた私の大切な人に、大好きな人に、『踊ることが好きだったわたしは、もっと踊りが大好きになりました』って伝えたいっ!!』


 

 隣の姫ちゃんが心配そうに俺を見ている。


 そうか、ああ、今俺は泣いているんだ。


 

 そして横に並ぶ彼女が作った曲が会場に流れ始め、ボーカルの音と同時に凛とした姿勢で立つ恭子のその腕と足が大きく動いた。


 観客のまるで息を飲む音が聞こえてくるかのような無の歓声。


 目に映っているのは、もうキレとかそういう類のものではなく、重低音に重なって届けられるひとつひとつの躍動が見るものの魂を揺さぶる。


 人は想像を超えたものを見ると息をするのも忘れるというが、まさにそれだった。


 恭子が作り出す動きそのものが、まるでひとつの物語を創造しているかのようで、それはやがてメッセージとなって万人の心に書き込まれる。


 ”踊りに愛されてる者”




 その場の俺に疲労感なんてなかった。


 なんか、恭子に吸い込まれて体が浮いているようだった。


 夢の中で現実をみているような、不思議な感覚。



 あれ?


 体全体で踊りが大好きなことを示していた恭子の笑顔が消えたように見えた。


 あれ?


 今度は恭子が踊りを途中で止めてしまったように、俺には見えている。


 あれ?


 何故か、恭子がステージから飛び降りて観客席こちらのほうへ駆け出している気がする。


 


 ああ、なるほど。


 恭子は踊りながら俺をずっとみてたのか。



 俺は流石にもううまく立っていることが出来てないみたいだ。


 さっきから左右に大きく俺の体が揺れていた。


 それでも倒れまいと踏ん張ってはいたものの最後はフッと全身の力が抜ける。


 床が顔に迫ってくるのがやたら遅く感じて―――



 俺の意識の終わりは恭子の叫ぶ音。



「おじさんっっっ!!!」




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