第14話「吉沢家と神海の真相③」

 屋上での直樹との会話及び移動中の恭子への電話を経て、俺は吉沢本家にて姫ちゃんと対峙するという現在に至っている。




「吉沢本家のラスボスの地位当主の座を受け継いだのか。……ここの爺さん元当主死んだんだってな」


 俺がそう言うと姫ちゃんは酷く顔を歪める。


「死んだですって!?あの悪魔がそんなに簡単に死ぬわけがない!!死んだと思わせて、みんなを、私を安心させておいて、嘲笑いながら蘇って全てを搔っ攫っていくのよ!」


「……死んだ人間は生き返らない」


「貴方は知らないのよ!アイツはね、僅かな希望を与えておいてから絶望の淵に突き落とすのが得意なのよ。そして人間ひとの心を完全に破壊されて自分の意思コントロールを奪われた人を幾人も見てきたわ、私も含めてね」


「姫ちゃんの境遇も多少なりは知っているつもりだ」


「直樹からどういう風に聞いたのかは知らないけど、聞いただけの人が知ったようなことを言わないで!!私は、ずっと、アイツにとっては、ただの喋る子宮という存在でしかなかったのよ!」


「恋人どころか友人でさえも作ることが許されず、この年にして未だにぼっちでバージンよ!!笑えるわよね?笑いなさいよ!成人するまではこの悪魔の館であらゆる管理と監視が行われて、どんな記念日もクリスマスも誕生日でさえも祝われたことすらなかったわ!!そのくせ初潮を迎えた時だけは盛大にパーティーが開かれたのよ!!!」


「おめでとう、これでいつでも●●●●●●●●、●●●●●●ってお祝いの言葉を頂いた―――私は盛大にゲロを吐いたわ」


 直樹から間接的な話を聞くのと、姫ちゃんから直接生々しい体験を聞くのとでは大違いだ。


 意識を根こそぎ持っていかれそうになるほどのリアリティーがそこにはあった。


 でも、絶対に同情してはいけない。


 過去の爺さんとの虐待に同情してしまったら、恐らく彼女は2度と救われないだろう。


「それでも姫ちゃんは、爺さんに負けなかった。咲子さんの救いの手を払ってまで、恭子たち神海家族を守れるように吉沢の家へ留まったんだ」


「違う、ちがう、チガウ、私はそんなに強くない!!弱いのよ!お姉ちゃんと違ってアイツから逃げ出すことも出来ないくらいに弱虫だっただけよ!!」


 俺は姫ちゃんを肯定しない。


 肯定してしまえば、彼女の神経は本当に衰弱する。


「今更、過去の死人に囚われるような奴が、大切な姪っ子心の拠り所に結婚させるような行動をとってまで自分から引き離す真似をするはずはないし、俺のことをきちんと見て信用の足るを判断できるほど理性的であるわけがない」


 彼女は爺さんの死を受け入れているはずだ。


「違う違う違う違う、チガウ、ちがう違う、違う!!そんなことは無い!!」


「バーでされた口付けキスの意味がようやくわかったよ。あれ以上会話を長引かせて話の本質を追及されたくなかったんだろ?……人を惑わせておいてしれっと行方をくらますフェードアウトするつもりだったんだろうけど、そうもいかんよ」


  

 


「おっさんの唇はそんなに安かねえんだよ」



 姫ちゃんは瞳を大きく開かせて視線を彷徨わせる。


「……いや、……やめ、て」


 俺は彼女の震える肩を強く抱きしめた。 

 

「あんまり恭子を侮るな、恭子はあんたを恨んだりはしない」


 諭すように耳元で囁く。


「賭けてもいい。、あの子は絶対に思わないさ」


 俺は彼女の偽りを暴いてやった。


「あ……ああ…………ああ、あ」


 姫ちゃんは『あ゛ー、あ゛ー』とまるで乳飲み子ちのみごのように泣き崩れ、暫くの間俺の上着の裾を掴んで離さなかった。




 彼女が受け入れられなかったのは爺さんの死ではなく、咲子さんたちの死だった。


 泣きやんで落ち着きを取り戻した彼女は、神の裁きに身をを委ねるがごとく懺悔のように語り始める。


「私があの悪魔に『人工授精精子バンクにて子を孕め』と命を受けてすぐに、お姉ちゃんから連絡がりました。絶対に家を出なさい、今すぐ家出しなさい、って」


「あの人はその頃から入退院を繰り返していて、老い先短いことを自分でもわかっていたから必ずその指示がでるということは私も覚悟していたことなんです。でも私にとってそれは裏を返せば、あの人が死ぬまでの間を吉沢の家で凌げればお姉ちゃんたちに累が及ぶ心配もなくなるってことですから」


「私は思いあがっていました。吉沢の息のかかる医師に取り入って、人工授精手術を行った振りをする段取りができただけで当分の間はあの人を騙せるって」


「でもあの悪魔に私の稚拙な策は通用しなかった。結局、画策が成功したように欺かれてたのは私の方でした。その医師は既にあの悪魔に買収されていて”私が人工授精手術をする振りに協力する”振りをしていただけだったんです」


「私は2日後に控えた手術の予定日まで部屋に閉じ込められて、スマホも取り上げられました。策略にも失敗して、もはや打つ手もなく、希望を失ったそんな私を見てあの悪魔は満面の笑みを浮かべていたのを覚えています」


「その時になってようやく私のなかに恐怖が蘇りました。不安になって怖くなって恐ろしくなって……もうなりふり構わず足掻いてもがいて、気が付けば私は食事を持ってきた使用人のスマホを奪っていたんです」


「そして電話をしました。私はお姉ちゃんに初めて、助けて下さいって言っちゃったんです―――」


 その後電話を受けた師匠たちが姫ちゃんを助け出すために車で向かった矢先に交通事故という悲運がおきた、というわけか。


 姫ちゃんが通ってきた一連の過酷な出来事までは予見しようもなかったが、最後の結末だけは遠からずも予感が的中していた。


「それから数時間して私はあっけなく開放されました。あの悪魔はお姉ちゃんたちが亡くなって、恭ちゃんだけが助かったことを知ってから、自分の死期も忘れて少年のようにワクワクしながらあの子を我が物にする手立てを考えていたそうです」


「後は『お前はもう用無しだ、今後はどうでも好きにしていい』って言付けを聞かされてそれでお終い……」



「強がってお姉ちゃんの助けの手を払ってまで自分を過信して、挙句の果てに助けを求めて……最初からお姉ちゃんの言う通りにしていれば死ななかったのに。最後に電話なんかしなければお姉ちゃんたちは死ななかったのに。私は本当に愚かものですよね」



 結局、彼女にとって姉の娘である恭子は最後の心の拠り所だった。


 ウチでの家庭訪問で恭子の揺るぎない強さを実感した姫ちゃんはもう自分の出る幕はないと思い、間接的にも自分の関わった両親の死に至る経緯を恭子に悟られるのを恐れて恭子の前から逃げ出そうと考えたらしい。





「でも、もう逃げません。学園祭が終わったらちゃんと恭ちゃんと向き合います」


 豪快に泣いたあとの、今の彼女の眼には確たる決意が感じられた。


「学園に戻るのか?」


「はい」


「無断欠勤だったんだろ?大丈夫なのか?」


「ふふふ。あの学園は吉沢の家で持っているようなものですよ。他の教職員は私が吉沢本家の人間でしかも当主だなんて知らないんでしょうけど、理事長へ万事うまくことが収まるように伝えておきます」


 まあ事務的なことはそうかもしれないけど……恭子たちは多分クラス全員で姫ちゃんを探しているんじゃないのかなぁ?本当に誤魔化しきれるだろうか?


 そんな俺の心配を余所に姫ちゃんは俺の胸板に額をグリグリ押し付けて言葉を続ける。



「それでもし、もしもですけど。あのですよ?……恭ちゃんが私を許してくれたなら―――」


「一緒に暮らしたいなぁ……なんて思うのは虫が良すぎる……でしょうか?」


 姫ちゃんは潤んだ瞳で上目を遣う。


「三者面談のときも言ったけれど、俺は恭子が望めばそれを拒まない。少なくとも恭子は姫ちゃんと血が繋がっているんだ、快く送り出してやれるかどうかまでは保証できないけど、あいつ自身が決めたことならそれは仕方のないことさ」


 ごめんよ。喜んで姫ちゃんに託すとまでは流石に言えなかった。


 そんな中途半端な俺の返答が不満だったのか、姫ちゃんはぷくぅっと頬っぺたを膨らます。


「渡辺さん!!あなたはとても感がいいですけど、どうしてこんなにも乙女心に疎いんですか?」


 27歳の自称乙女が何を指してそう言っているのかがおっさんの俺にはわからない。


「あと、ですね!あのときのバーでのキスが誤魔化しのための行動だって勘違いしているみたいですけれど、ねっ、ファーストキス初めてを打算や目算で捧げられる処女なんてこの世にはいませんよっ!!」



 姫ちゃんはそう言うと、俺の顔を両手でガシっと掴んで思いっきり吸い付いてくる。


「くわっ!?」


 なんとも情けない声が出てしまったのは仕方のないことだろう。


 彼女から受けた2度目の口づけキスの終わりは”チュポン”と潤いに弾ける音がした。



「わ、私、自分のマンションに、もっ、戻りますから」



 姫ちゃんは自分の顔を両手で覆いながら小走りで吉沢本家の屋敷から出て行く。



 またもや完全フリーズした俺を残したまま去っていかれました。



 吉沢姫紀という人には、真面目な彼女、おちゃらけた彼女、乙女モードな彼女と3つの姫ちゃんが存在するらしい。

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