第3話「デスマーチ(超々過重労働状態)」

――――――注意――――――


この物語における労働環境は設定上の架空の出来事であり、決して労働基準法など社会ルールの逸脱や無視を推奨するものではありません


――――――――――――――



 九州支社から受けているフォロー作業が佳境に入っており俺の部署の連中は皆、死に物狂いで仕事をしている。


「渡辺サン、自分もう限界っス。そろそろ帰ってひとっ風呂浴びたいんスけど」


 若手女性社員の夏海まで社内のシャワーと仮眠で凌いでおり、もう帰らずの3日目卓越した社畜戦術だ。流石に嫁入り前の娘にそんなことさせられないと、俺は常に遅くなっても日々の帰宅を命じているのだが、特別扱いされるのが嫌らしくて再三勧告するも一向に帰ろうとはしなかった。


 しかし夏海も限界を感じたようでようやく音をあげる。


「よし、夏海と直樹はあがれ。明日は午後出勤でいいぞ―――おい、直樹?」


 直樹は机に突っ伏した状態で返事がない。


「あー、直樹サン寝てるっスね」


「そうみたいだなぁ」


「ん。なら自分が連れて帰るっスよ。ついでに直樹サンとこで風呂借りて寝るっス。ウチまで帰るんは結構遠いんで」


 疲労で思考が麻痺しているのか、夏海がとんでもないことを言い出した。


「おい夏海、お前はもうちょっと自分の身に危機感を持て」


 特に直樹には気をつけねばいかん。


「あー、そっスね。確かに今襲われたら抵抗する気力も無いっぽいっス」


 なんとか思いとどまってくれたように見えたが「んー、でも減るもんやないしなぁ」とか、かなりおっかないことを呟いている。


「馬鹿を言うな。自宅まで帰るのが億劫なら俺のマンションを使え。直樹の家より更に近いしな」


「おおー。マジッスか!?久々にウチが恭子ちゃんの手料理を食べれるってことですやん」


「恭子には俺から連絡しておくよ」


 実は言うとその恭子のことが心配でもあったので、夏海がウチで泊まるのは俺にとってありがたいことだった。マンションは防犯の機能性が高いとはいえ女子高生を夜間何度もひとりにしておくのは不安なのだ。


「なんかテンション上がってきたっス!!……でも、じゃあ直樹サンはどうするんスか?」


「仮眠室にでも放り込んでおくから気にするな」


 俺がそう言うと、夏海は「お疲れ様っした」と、会社を後にした。




 現在時刻は21時。俺は改めて部署内を見渡す。疲れて果てて寝落ちいるのは直樹だけではない。


 そこら中に栄養ドリンクや眠気覚ましが転がっており、ある連中は励まし合っていたり、別の奴は同僚戦友の分も自分で受け持って一心不乱に作業していたりと、ここは紛れもなく戦場だ。


 実状を説明すると夏海は3日帰っていないと言ったが、デスマーチ状態にあっても、そこまで限界に挑戦しているのは主に独身男性だけであって、泊まり込みなどに関しては家族持ちや女性社員は基本的に週当たり多くても1~2回で済むようにしてある。


 俺にしても立場的なものもあって、若手を含めた部署の皆に極力合わせるようにしているが、部下たちが恭子のことを気にかけてくれているので家族持ち同様の待遇を受けている。なので直樹や夏海たちほど泊り込みがそう多いわけでない。


 しかし、本日に限っては夏海が恭子の様子を見に行ってくれることだし、久々に連続30時間勤務果敢なる社畜闘技に挑戦してやるか。


「さあ、意識あるものはもうひと踏ん張り頑張ろう!!」


 俺は廊下の自販機で買った缶コーヒーを部下たちに振る舞い激励の音頭をとった。


 うぉぉー、と気力を失った声が響く中で俺は意を決する。


 今回のデスマーチが最後だ。


 俺の進退を掛けてでも、この理不尽な労働環境を改善してみせる。




 ちなみに直樹は手押し台車で転がして仮眠室に突っ込んでおいた。



 

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