第85話 JOKER

 見えるけど触れない…そんな感じなのかもしれない。

 触れるけど…掴めないのかもしれない。


『空気のような存在』

 居ても居なくても変わらない、悪い表現で使うこともあるだろうが、そういう意味ではないと思う。

 無くてはならない…居なくては生きていくこともできないと解釈してもいい。


 彼女にとって僕は、そういう存在なのかもしれない。

 悪い意味でも…良い意味でも…。


 空気の存在を知るには、空気の無い場所に行かなければならない。

 生きてはいけない場所にだ。

 そこに行かない限りは空気の存在を感じることはできない。


 だが空気は、やさしく包んでくれているわけではない。

 成分比率が少し変わっただけで、無味無臭の猛毒になる。

 決して無償の慈悲で包み込んでくれる存在ではない。

 いつでも生命を根絶やしにできる。

 カードで言えばJOKERのような存在、オールマイティでもあり、ハズレでもあり、切り札でもある。

 そう…ゲームによって性質が変わるのだ。

 JOKER自身は何も変わらない…扱う側の都合で良し悪しが決まる。

 変わらないのは…JOKERで勝敗を決めることが多いということ。


 僕はJOKERに成り得るのだろうか…。

 あるいはJOKERを切ることができるのだろうか…。


 基本的に他人には無関心のように思う。

 それは、誰も僕に興味など抱かないと感じているから…僕も興味を持たないようにしている。

 たまに困ることはLineの友達登録されること。

 僕もしなければいけないのだろうか…できればしたくない。

 本名で登録できる人が羨ましく思う。

 そういう人は、友達が多く、社交的で、他人に嫌われることより好かれようとする人ではないだろうか。

 僕は嫌いたくないから、好きにもならないようにしている。


 今日、夕方、休日出勤から自宅に帰ると、母親が泣いてリビングに入ってきた。

 昨夜から僕が居ないと思い込んでいたらしい。

 昨夜は居たのだが、今朝は8時前に出社したため、会うことが無かったのだ。

 40過ぎの男が一晩居ないだけで取り乱せる神経が理解できなかった。

 少しイラッとした。

 気持ちが悪かった。


 きっと僕には…僕の心には欠けているものがある。


 生活の中で自然と身に付いていくであろう何かが、欠落しているような気がする。

 僕の両親はそれを理解している。

「不憫な思いをさせてしまった…この子が社会に馴染めないのは、幼いころの環境が悪すぎた…」

 以前、母親が親戚と話しているのを聞いたことがある。

 親戚からも、僕が普通に大人になっただけでも驚いている、と言われたことがある。


 あまり比較できないので、普通の環境が解らないのだが…まぁ良くは無いとだけは理解している。


 決められた役割を持たないJOKERは…彼女にとって良いカードなのだろうか…。

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