第83話 POISON

「少しでいいから会いたいよ」

 彼女からのメール。

 明日、送ってほしいと言うのだが、僕は残業だ。

 送るにしても、本当に送るだけ。

 彼女も承知しているようで、ただ送るだけだと病まれるのやだから、お願いしづらいんだけど、と付け加えてある。


 病みはしないのだが…悩みはするのだ。


 少しでいいから会いたい、というより運転したくないし、迎えは他にいないし、ということだろう。

 意地悪く捉えれば、逢う時間は少しでいいという解釈もできる。

 彼女にしてみれば、一緒に居てあげられないから、せめて少しでも長く居たいのだけど…という意味で送ってるはずなのだが…どうしても悪い方にも考えてしまう。


 事実、僕との時間は絶対に取らないのだから…頭のどこかで、晩御飯+送迎だけのために繋ぎとめられていると考えるのも仕方ないと思う。


 彼女は、僕にSEXは求めていない。

 心の安らぎを求めている。

 これは、甘い毒なのだ。

 心が繋がっていれば…身体はいらない…彼女にとって身体の繋がりとは、お金との対価に差し出すものだから…。

 きっと風俗嬢という女性は、そうではない女性と比べて性的繋がりを恋人に求めないように思える。


 だから…彼女を無理にでも抱こうとはしない…できない…それは彼女を深く傷つけるような気がする。


 逢いたいと言う心は真実…欲しいのは安らげる時間と空間。


 けがれていると罵られる彼女が誰よりも純粋な愛を欲している…。

 矛盾しているのだ。

 だからこそ…正直な気持ちだと解る。

 理屈では矛盾した行動・言動だからこそ、そこには真実がある。


 だからこそ…その想いは飲み込む僕には毒なのだ。


 毒を飲まされるのはバカ…知りつつ飲むのは…なんだろう…。


 僕は知っている。

 愚者。

 何も持たざる者。

 何かを持っていては、ためらいなく毒を飲めない…。

 飲まなくても死ぬ…飲めば死ぬ…だから飲める。


 少しでいいのだ…逢う時間など。


 他の嬢を抱いて、彼女に接することができれば、きっと彼女の理想に限りなく近づくのだろう。

 それができれば…出来ぬから病むのだ。


 金も、もちろんだが…金があったとしても…やはり彼女以外の女性を抱きたいとは思わない…。

 不思議と、そんな気にならない。

 いっそ抱きたいなどという気持ちが湧かなければ…。

 そんな薬があれば飲むだろうか…。


 プラトニックラブ。

 彼女が僕に好意を持っているのであれば…限りなくソレに近いだろう。


 同じなのだ…。

 僕が彼女の風俗嬢としての部分や行動を愛せぬ様に…彼女も僕の男の部分を愛せない…。


 僕達は、互いの片側に好意を持っているだけ…。

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