第74話 安心してね

 今年最強の寒波。

 僕が会社を休んだ日、彼女は隣の市まで仕事に行った。

 大荒れの日、こんな日にデリヘルの需要があるのだろうか?

 彼女が行く市は、僕の住む市より雪が降る。

 ホテルまでの送迎もアテにならないような日、そんな夜。


「休んだんだね、気づいてあげれなくてごめんね」

 彼女からメールが届いた。


 その日は、彼女とのメールのやりとりを早めに切り上げたのだ。

 暗い部屋で、うずくまる様に眠ろうとしていた。

「おやすみ」

 と言った後に届いたメール…。

 この小説を読んだらしい。


「『N』には関係ないことだよ ごめんね 何もしてあげられなくて」

 休んでいたのだし、送迎しようと思えばできたのだが…してやれなくてごめん、そんな意味で送った。


「関係ないのかな 直接は関係ないけど なにもしてあげれなくてごめんね」

 関係はない。

 家の問題なのだから…。

 僕は、しばらく考えていた。

 なぜ…謝ってくるのだろう…。

 メールの返信に悩んだ。


「ないよ 家の問題だから 疲れたよ」

 そう…彼女には関係のないこと…家の問題なのだ。

 本当に疲れた…。

 なにもかも…僕は何をしているのだろう…心が沈む。

 境遇というのは選べない。

 所得・学歴だけで言えば、間違いなく産まれの差はあるのだ。

 低所得の家庭と高所得の家庭では、埋めがたい差がある。

 これを乗り越えられるのは間違いなく「努力」と「運」が必要だ。

 足掻いてきたつもりだった…20年以上。

 でも、つまづいた…足を引っ張るのは他人の嫉妬。

 僕の場合は、身内の妬みだった。


「支えになることはできると思うんだよね」

 彼女からの返信は意外だった。

 僕を支える?

 正直、金が無くなれば相手にされないと思っていた。

 今、こうしてメールを送ってくるのは、足として便利だから、そんな風に思っていた。

 いや…それだけではない。

 そう思いたくても、現実を考えれば、僕に彼女を抱きとめる勇気はない…。

 むしろ、関係に一線引いているのは僕のほうかもしれない。


「疲れてしまうよ『N』が」

 そう…僕のような男に付き合うのは疲れるはずだ。

 僕なら、僕のような男とは付き合いたくない。

 まして、人生を共になど…。


「じゃあ、隣にいるのは?ただいるだけになるけど」

 なぜ…僕に懐くのだろう…。

 僕は優しくは無い。

 彼女を支えることもできない。

 なぜ、僕の隣にいたがるのだろう…。

 考えてみれば、彼女は僕の車の助手席にいる…。

 それ以外で隣にいることは、ほぼない…。

 恋人のように歩くことも…僕の横で眠ることも…。


「不幸せになるよ きっと」

 僕の本音だ。

 僕の隣にいたら、幸せにはなれない。

 そう思う…。


「わからないよ 幸せを決めるのは自分だから 桜雪ちゃんじゃないよ わたしが決めることだよ」

 涙が出そうになる…逢いたいと思う…。

 それは僅かな可能性。

 あるいは、消え入りそうな瞬き。

 彼女は僕にソレを見ているのだろうか…。


 僕の隣で笑っていてくれたら、僕は幸せだろう…。


「安心してね」

 寝入る僕に、その日最後の彼女からのメールは安心してね、だった…。

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