第64話 人恋しい

「お疲れ様 しょぼん」

 仕事が終わると、こんなメールが届いていた。

 また、何かあったのだろうか、僕は心配になって返信する。

「なにかあった?」


 しばらく返信は無かった…。


 また掲示板に彼女を傷つける書き込みがあったのだろうか…店のスタッフに苛められたか…他の嬢に何か言われたか…色々と考える。


 とりあえず、帰宅して掲示板をチェックする…彼女のスレが消えている。

 本名で『N』のこと教えてください、みたいなスレが消えた。

 彼女が削除依頼していたので、良かった…僕も安心した。

『K』のほうも消せればいいのだが…。


 2時間ほどして彼女から返信があった。

「なんもないけどさ…ぎゅうしてほしい」

「ぎゅう」とは、強く抱きしめて欲しいということだ。

 彼女は、たまに寂しくなると、こんなことを言ってくる…。

 それは大概、逢えないと解っているときに。


 毎日のように出勤している彼女が、他人と逢えるのは出勤前後に限られる。

 それは、僕に限らず友達でも、彼女の都合によるところが大きく、どうすることもできない。

 じゃあ、1日休んで逢ってくれても…そんなことを思うのだが、そう言えば出来ないごめんと言われるのだろう。


 たまに、彼女が求めているモノが解らなくなる。

 僕じゃなくてもいいのだが、恋人との時間とか、友人との時間は、取らないのだろうかと。

 それでいて、逢いたいと言うのだ。


 掲示板で『ガメツイ』などと書かれるのは、彼女のこういう面を知っている人なのだろう。

 あるいは、昔の恋人、店外客かもしれない。


 きっと上手くいかなくなるのも、これに起因を発しているように思う。


 掲示板のスレが消えていたことは知らなかったようで、伝えると喜んでいた。

 本当に嫌なら、客になど教えなければいいと思うのだが…。

 彼女が人恋しくなったときに、教えてしまうのだろう。

 僕の時もきっと…そんなときだったのだろうと思う。


 普通に考えれば、こうなりそうなものだろうと予想できる。

 バカなんだろうと一蹴してしまいそうな行動だが…僕には少しだけ理解できる。


 誰でもいい…そんなときがあるから…。


 今だって、そう思うときがある。


 ホテルで数時間、身体を重ねるだけでいい…話を聞いてくれるだけでいい…そんなときはあるから…。


 彼女とは逢えない。

 送迎だけの関係で、ついでに食事を奢るだけ。

 客観的に見れば足代わり、金さえあれば他の嬢でもいい…それが普通だ。


 金が無いから…他の嬢を呼ばないだけなのか…それとも…。


 それでも…僕は…彼女を選ぶのだろう。

 身体が繋がっても…心は繋がらないから…。


『人恋しい』とは…肌だけでは埋められないと、僕は知っている。

 それは、さらなる寂しさを抱くだけだから…。

『人恋しい』とは…『想い人』を恋しく想うこと、なのだと思う。


 そう…彼女のことを…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る