第54話 たわいもないやりとり

 その夜は、ヒマだったようだ。

 メールが途切れない…安心する。

 でも…稼げなければ、また休まずに出勤する。

 どうあれ、休まないのだ。


 ホテルに、僕が部屋を取って、呼ばれたら部屋から部屋へ移動する、そんなことができるなら一緒にいれるのに…。

 そんな冗談を言い合う。


 メールのやりとりだが…僕は彼女の仕事に対しては、ある程度は許容できている。

 彼女は仕事でSEXはしない。

 それは信じられるから。

 プライベートは強制できない…。

 それに、ストーカーを客として扱っている。

 風俗のスタッフという職業に就く人間を信用していない。


 どちらかといえば、僕は、仕事中の彼女より、はるかに、その周りにいる人間のほうで心配している。


 僕は、彼女を大切に扱ってほしいと思っている。


 いや…彼女に限ったことではない。

 風俗嬢という職に従事している女性を普通に扱ってほしいと思う。


 本音を殺して…嘘を吐く…それはツライことだと思うから。

 彼女にも同じ思いを抱いている。

 僕に嘘は吐かないでほしい。

 でも、彼女は僕に本音を言えない…それは気遣い。

 僕が、悲しむことを知っているから…きっとソレだってツライことなんだと思う。


 お金の心配が無ければ、ずっと一緒に居れるのに…。

 それは、僕達だけじゃない…大半の恋人たちは、そんなことを考えたことがあるのではないだろうか。

 僕の、ささやかな夢は、そこをクリアにしないと実現はできない…現実にはならない。


 結局は金なんだ…世の中の大半の事はソレが解決してくれる。

 つまり…悩み多き人生とは金が無い人生の事で、僕が望む平穏な人生とは金が無ければ訪れないということ…。


 だから、僕の悩みが尽きることは一生ありえないということ。


 そんなことを考えながら、僕はメールを返信する。

 明日の事…過去の事…そんな、たわいもない話をやりとりする。


 逢って、ベッドでそんな話を、あくびをしながら眠るまで話していたい…。

 恋人ならば、そんなことかと思えることも、今の僕には、実現できそうにない憧れ。


 なぜ…ヒトは夢を見るのだろう…眠りに堕ちる夢じゃない。

 未来を想像する夢だ。

 僕の膝で眠る猫は、明日を考えているのだろうか…。

 幸せそうに眠る猫。


 僕の可愛い、想いを寄せる黒猫は…どんな夢を見ているのだろうか。

「桜雪ちゃんに…」

 こんな僕に、自分の未来を寄り添わせる彼女を、僕は幸せにできるだろうか…。


 ささやかでいいんだ…。


 野良ネコが想像できる未来でいい…目を覚ませば、隣に互いがいる、そんな夢でいい…。

 それすら叶えられぬ僕には…そんなことでも夢となる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る