第45話 虚構

 元日、彼女は今夜からすでに出勤する。


 また、いつものように寂しいような…空しいような気持ちが僕の心に湧き上がる。

 結局、彼女に逢うにはお金が必要なのだ。


 元日から営業している店は少ない。

 昼過ぎから、僕は、即ヒメ情報を眺めている。

 かわいい娘もいる。

 だけど…僕は店を利用する気にもなれない…。

 いっそ、他の嬢でも抱けば、彼女のことも気にならなくなるかもしれない。

 でも…そんな気になれない。


 女性を抱きたいわけではないからだ。

 彼女に逢いたいだけだから…。


 なんで、そんなに出勤するのだろう…。

 彼女のメールに、お金が欲しいのか、自分で、それも解らないと書いてあった。

 ただ、普通の生活が羨ましいと。

 きっと、彼女が風俗を続けるうちは恋はできないのだろうと思った。


 好意を寄せられたら嬉しい…けど、応えられない…。

 彼女の隣にいると、そんなように見える。

 きっと、自分がツラくなるから…。


 風俗という職業は、きっと身近な『異世界』なんだと思う。

 その全ては虚構。

 触れるけど…何も手に入らない…記憶だけが残る異世界の物語。


 時間制限つきの夢を見る。


 僕は夢に恋をしたのだろうか…あるいは夢を見続けているのだろうか…。


 異世界へのチケットは安くない。

 そう…アクシデントで迷い込むわけではないから、安全を金で保障されている。

 いわばツアーだ。

 好きなツアーを選べるのだから。


 風俗嬢は、自分の恋人にそのことを隠していることも多いだろう。

 客と恋人になる、そんなこともあるのだろうが、それは非常に難しいことではないだろうか。

 それをキッカケに辞めたという嬢もいるだろう。

 その場合は、普通に付き合えるのかもしれない。

 風俗を続けながら、恋人とも付き合える…これは難しいと思う。

 嬢が経済的に男を支えるならば、ありえるだろう。

 ただ、普通に恋人関係を長期間、持続するには男に相当の覚悟が必要だ。

 僕には、その覚悟が足りてないのかもしれない。


 だから…彼女は僕にソレ以上、近づけないのかもしれない。


 彼女に風俗を辞めて欲しいとは思わない。

 僕に経済的な余裕がないし、そんなことを言う権利も無い。

 また、彼女がOLになれるとは思えない。


 きっと彼女に「愛している」と言われる男は、彼女を風俗から卒業させて生活の保障をしてやれる男。

 僕には、その資格は無い。

 また、一緒に苦労しても歩いて行こう、などと言える歳でもない。

 それが解っているから…僕は、送迎しかできないのだ。

 店のドライバーでもないのに…。


 いつか伝わるだろうか…絞り出すように呟く

「愛してる」

 その想いは…。


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