第33話 幸せが訪れる場所

『ケサランパサラン』を御存知だろうか?

 空中を漂う、白い綿毛のような妖怪だと江戸時代から語り継がれている。

 穴の開いた箱に白粉おしろいを与えることで飼育できるという。

 大切に飼育すると、幸せが訪れるのだそうだ。


 僕は数年前に、勤務中に捕まえたことがある。

 目の前をフワフワと横切った白い綿毛を反射的に捕まえたのだ。

 今も、保存ビンの中で保管してあり、車内に置いてある。

 事故防止のお守りみたいな感覚で置いてあるのだ。


 幸せは訪れたのだろうか…。


 僕が彼女と逢うときの、ほとんどは送迎のときだ。

 そう…僕にとっての幸せの空間は、2時間足らずの車内だけ…。

 僕の幸せな時間は…訪れているということだ。


 他人からすれば、足に使われてるだけで幸せって…バカか?

 と言われそうだが、僕にとっては、ささやかな幸せなのだ。

 運転しながら、彼女の声を聴く…笑ったり、怒ったりと2時間足らずの間に彼女のテンションはコロコロと目まぐるしく変わる。


 出勤時間ギリギリまで車内で過ごす。


「行きたくない…」

 彼女は事務所を前にすると、よくそんなことを呟く。

 そっと抱きしめて…キスをする。

 そして、大きな紙袋に荷物を抱えて事務所の中へ消える…。

 振り向かない…。

 きっと、『K』になるスイッチを入れたから…。


 帰りの車中にメールが届く。

「送ってくれてありがとう…」

 いつものお礼メールだ。


 僕が、彼女を送迎するのには理由がある。

 単純な理由だ。

「他の男に送迎させたくない」

 きっと、それだけ…やはり、他人が言う様にバカなのかもしれない。


 僕は彼女にとって特別なナニカなのだろうか…それとも…ただの便利屋なのだろうか。


 時折、自分が惨めに思えて、泣きたくなる…。

 いっそ終わらせてしまえば…そう考えたことも幾度もある。

「そんなふうに思ったことないよ」

 いつも、そんな彼女の言葉にほだされて、今に至る。

 でも…何が変わったわけでもない…僕は、都合の付くときに送るだけの彼女専属のドライバーみたいなものだ。


「送迎すると、口でしてくれるんだぜ」

 そんな書き込みがあった。

 少なくとも、僕にソレはない。

 そんな気持ちで彼女の送迎をしているわけではない。

 ただ…逢いたい…それだけだ…。


 幸せは訪れたのだろうか…。


 白い綿毛に問いかける。

「僕に幸せを運んでくれるのかい?」

 瓶の中の妖怪は、何も答えない。


 今日も瓶の中で静かに眠る様に…。


 せめて、その助手席に彼女が座っている間だけでも、幸せを運んでくれよ…。


 僅かでいい…その時間だけでもいい…僕のことを想ってくれますように…。

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