第30話 彼女の事情

『年末年始も働くんだね』

 メールは、僕がそう送って、そこで止まった。


 彼女を傷つけたかな…。

 ただ、仕事中なのかもしれない…。


 送信20:19

 今は23:05 無神経なメールだったのかもしれない…。


 好きで仕事じゃないだろうに…僕は自分が逢いたい…逢えないだけで、駄々を捏ねているだけなのかもしれない。

 そんなつもりで送ったんじゃない。

 逢って言葉を交わせるならば、もっと互いの気持ちが通じるのに…。

 それができない、もどかしさが募る。


 本音を隠すように、深々と降り積もる、雪のような言葉は気持ちに蓋をする。

 溶けない雪は、もう本音を容易に見せないまでに積もってしまった。


「愛してるよ」

 ただ…彼女から聞きたい…。

 言われたことあったかな…きっとない。


 彼女は、好意を口にしない。

 僕だけにかもしれないが…『K』のときは、お客に簡単に言うだろう。

『N』は、きっと簡単に言ってはくれない。


 それは、彼女の覆い隠された本当の心。

 閉ざされた心を、溶かさなければ聞けないのだろうと思う。


 僕にそれができるだろうか…。


「桜雪ちゃんに幸せにしてほしいよ」

 彼女が、そんなメールを送ってきたことがある。

 僕は、素直に約束できなかった。

 簡単に肯定したくなかった。

 真剣に応えたかったから。

「約束はできない。努力はする」

 僕は、そう返信した。


 本当の気持ちだ。

「するよ」

 と言うのは簡単だ。

 でも無責任だと思う。


 解ってほしかった。

 僕は真剣に彼女を愛していると…。


 精一杯の返信。


 きっと彼女も、僕と同じ…。

 簡単に言えないのだと思う。


 きっと、彼女も僕と同じ…素直じゃなくて…意地を張って生きてきたのではないだろうか…。


 言いたくても…伝えたくても…言えない…そんな想いを互いに抱えながら…不器用に…無様に、僕達は僅かな刻に身を寄せる…。


 温もりが伝わる距離で…ただ目を閉じて互いに、そっと触れてみる…。

 指先には、微かな痛みと同時に温もりを感じる。


 彼女の、心の涙を拭えたら…いや、拭えぬなら…僕の指なんていらない。


 僕の指は、彼女の涙を拭うためにあってほしい…。


 心を繋げるって、こんなに難しい。

 僕は、今まで知らなかったよ…。


 僕達が、赤い糸で結ばれているのなら…その糸は細く…こじれて…ねじれて…途方もなく長く、色は薄く…それでも切れない糸なのかもしれない。


 僕達の関係は蜃気楼のように揺らめいて、手を伸ばしても触れることは叶わない…。

 でも…その場所は必ずある。

 あるからこそ…この目に映るのだ…。


 辿り着く…そこに彼女はいるはずだから…。

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