第16話 名無し

 名前が個人を認識するものならば…彼女は誰なのだろう?


『N』という名…彼女が本名だと語った名前。

『K』という名…彼女の仕事上の名前。


 僕は…その区別がついているのだろうか…。

 どちらを愛した…。


 いや…愛しているのか…。


 愛している…とは…どうゆうことだろう…。

 そのすべてを受け入れること…だろうか…。

 彼女を愛するということは…『N』も『K』も愛さなければならない…。


 僕は、それができるのだろうか…。


 使い分けはできる。

 言葉とは便利なものだ。

『K』は仕事で誰にでも抱かれる女。

『N』は恋人にしか抱かれない…。


『K』は金でプライベートな時間を売る…身体を売る…。

『N』は…。


 僕は、本当は…『N』を知らないのではないだろうか…。


 金が無ければ『N』も『K』も…僕の中には存在しない…。

 頭で考える…悪いクセだと、昔から言われる…。

 僕は、心で感じることを拒むのだろう…頭で考える…心で感じたままに、この身を委ねることができるのならば…。


 所詮、人間は形の無いモノは信じられないのだと思っている。

 ヒトは神にすがる…誰も視たことがない存在に…だが虚空に祈ることができるだろうか?

 目の前には、形がある。

 質量を持った何かを神だと信じる。

 ヒトの手が創った、模造品の偶像。


 僕は思う。

「神が人を創ったんじゃない…人が神を創ったのだと」

 神は信じない。

 僕は、その姿を想像することができないから。

 もし…神を名乗る者が目の前に現れたなら…きっと僕は嫌悪する…あるいは牙を剥くだろう。


 彼女は何を信じているのだろう…。

 彼女にとっての最優先ってなんだろう…。

 解るのは…僕ではないということだけ。


「ごめんね…」

 そう言うが…きっと本音じゃない…。

 いや…僕に悪いという意味ではないのだろう。

「私が好きなら我慢してね」

 これが正しいのだと思う。


 お金が欲しいの…くれるところが最優先…きっと彼女にも『愛』はないのだろう…。


 心があれば許せるのだろうか…

 心が無ければ気に留めないのだろうか…


 金があれば彼女を買うのだろうか…

 金が無ければ欲することすらしないのか…


 結局…何があっても、無くても、関係ないのだ。


 ズレているのは価値観だ。


 結局…名前なんて意味をもたない。

 どちらの彼女も…僕のものではないのだ…。

 月の明かりが、その全てに注がれるように…明かりを拒むのならば部屋からでなければいいだけ…。


 彼女は…誰に微笑むのだろうか…少なくとも…今日も僕には微笑まない。

 拒んで部屋に籠るだけ…。

 知らなければ…望まないのに…。


 名も無い神にすがることなど誰もしないのに…。

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