第27話 どうか無事でいて

「現在、海上保安庁に連絡し、救助を待っているところです。皆様、万一に備えてライフジャケットを着用し、どうか落ち着いて行動してください」


三谷船長の言葉に、一瞬静まり返っていた乗客達の間に、再びざわめきが起き始めた。


「落ち着けって言ったって……どうすればいいんだよ!?俺達、無事に帰れるんだろうな!?」


「救助は、いつ来るのよ!?」


荒れ始める乗客達をクルーが、必死になだめる。


「皆様、どうか落ち着いてください!」


「みなさん……落ち着いてください!」


騒ぐ乗客達に揉まれながら、私は三谷船長のところへ行った。


「三谷船長」


「桜井さん!」


「船長、本宮君を見かけませんでしたか?」


「……本宮君?彼も、Aデッキに避難しているのでは?」


私は首を横に振る。それを見た三谷船長が、驚きの表情を浮かべた。


「まさか……船内に残って!?」


「私にAデッキで待ってるよう言い残して、下のデッキに下りて行ったんです……」


「何てことだ……!」


三谷船長は顔を歪めると、持っていた帽子をグシャッと握った。


そこでまた、外のデッキと船内を繋ぐドアが開け放たれる。


「み、三谷船長!」


声のした方に視線を向けると、ところどころ黒く汚れた制服姿の男性クルーが肩で息をしながら、外のデッキに駆け込んできた。


「大変です!火の手が強くて、消火活動が間に合わず、火災がすでにCデッキまで広がっています……!!」


男性クルーの報告に、その場にいた乗客達がパニックになる。


「ちょっと、どうするつもりなのよ!?」


「海の上じゃ、逃げ場がないじゃない!!」


怒った叫び声や、恐怖から泣き声も聞こえてきた。


(本宮君!)


もう時間がないよ!どのデッキまで下りて行ったの!?


私は、本宮君のためのライフジャケットをぎゅっと握り締める。


その時、下の方のデッキから、ガラスが割れる爆音が鳴り響いた。


デッキの端に駆け寄り、船体の下の方を覗くと、窓ガラスを破って、炎が横に飛び出ているのが見える。船体から吹き出した激しい炎は、手のように横に伸び燃え盛っていた。


(あれは、きっとCデッキの窓ガラス!)


本宮君、どこなの!?


お願い、早く戻ってきて……!!


潮風の吹き荒ぶ中、ただ、それだけを考えていた。


そんな時、何人かの乗客が海の上を指差す。


「向こうから大きな船が来るぞ!」


その声に、外のデッキにいた乗客達全員が海の向こうに注目した。


「あれは、海上保安庁の船舶です!!」


三谷船長の力強い声がデッキに響く。


その声に、乗客達がざわめいた。


「良かった!助けが来たぞ!」


「大丈夫だ!俺達、助かるぞ!!」


絶望の淵にいた乗客達の間に、希望と安堵の空気が広がっていく。


その後、海上保安庁の船舶は徐々に近づき、クイーンメリー号の側まで来ると、火災の消火活動を行い、一方で、船上にいる乗船者達の救助活動を開始した。


そして、救助されようとデッキの端で待っている田所賢也の姿を見つけた保安官二人が、彼の両脇を固める。


「な、何だよ!?」


急に両腕をつかまれ、驚いた表情の田所 賢也に、保安官が言った。


「クイーンメリー号での火災発生の一報が入った時。田所賢也、お前が危険物を所持していたという情報も合わせて入ってきた」


「……!?」


側で聞いていた乗客達の間に、ざわめきが走る。


「今回の爆破事故のことで、事情を聞きたい。我々と一緒に来てもらおうか」


そう言って、連行しようとする保安官の手を振り払おうと、田所は必死に抵抗した。


「違う!!俺は、爆弾なんか仕掛けてない……!!」


「抵抗するな!大人しくしろ!」


暴れる田所 賢也を両脇の保安官が、取り押さえる。


「何かの間違いだ!俺は、本当にやっていない!!」


田所賢也が一層激しく抵抗した、その時だった。


Aデッキのドアが開く。


「……!?」


その場にいた乗客達が、一斉に、ドアの方に視線を向ける。

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