百一振目 消える日本刀

 日本刀を持っている方への注意喚起ですが、葬式など行いますと……消えます。


 ある刀剣愛好家が事故で亡くなりました。

 事故で急にお亡くなりなったそうですが、年齢高めだったので生前から後処理を刀剣商に頼んでいました。で、刀剣商が葬儀が終わりひと段落した頃合いに訪ねてみると、家族から「日本刀がどこか行ってしまいました」との事でした。

 意味が分からない刀剣商が詳しく話を聞くと、故人と生前付き合いのあった研ぎ師という人物が葬式にやって来て、研ぐとか手入れをすると言って強引に日本刀を一振り持って行ってしまったのだそうな。

 家族が事故で亡くなり精神的に参っていた状況で、あれよあれよという間に持って行き止めるどころではない。連絡先すら把握していない状況。

 そして相手は雲隠れしてしまい日本刀は帰って来ない……。

 刀剣商が残された刀剣を確認すると、故人が所持した中で一番良い特重の刀剣のみ消えていた……という事で完全に狙って持って行った事は明白。

 完全に窃盗で犯罪なのですが、しかし相手の名前も連絡先も分からない。警察に届け出たものの、付き合いがあったのは故人だけで、どこの誰とも家族は全く分からない。

 そこで刀剣商が商売抜きで、人の道にもとると激怒して僅かな手がかりから相手を調べ上げリストアップし、恐らくこの人物と特定し警察に通報したそうですが……細かい事はそれ以上は聞いておりませんが、日本の警察はアテにならないそうで。

 かくして一振りの刀剣が闇へと消えたそうです。


 刀剣商に言わせると、こうした話はちょこちょこあるそうで。

 誰かが亡くなると知り合い刀剣愛好家が押しかけ、家族が刀剣の知識や興味がない事を故人から聞いているものだから、いろいろ理由を付けて持って行ってしまう場合もあるそうです。

 あとは、田舎など自宅で冠婚葬祭を行う時代には、そうした行事を行うと床の間にあった刀剣などがよく消えたのだとか。あんな長いものをどうやって持って行くのか不思議なぐらいですが、持って行く人は持って行く。

 これは私も分かります。

 以前の暮らしていた田舎では、床の間にそこそこ価値のある真鍮の置物があったものの……葬儀が終わると忽然と消えており「やられた……」となった事があります。同じ村内で人間性も把握しているので、誰が犯人か大体分かっているものの狭い共同地域の中で、それを糾弾できないのが田舎の恐いところ。


 というわけで、もし自宅に誰かを招くときは日本刀などは片付けておく。迂闊に刀剣を所持している事を言わない見せない。刀剣仲間とはいえ、べらべら喋りすぎない保管場所は教えない見せない。といった用心はしておくべきです。


 あと、最初の件では故人が家族に刀剣の価値を教えていなかったため遺産相続で、ひと騒動になったそうです。

 前にも話として出したかもしれませんが、刀剣趣味の者が亡くなると、家族は興味なく手放す。そして単なる骨董屋で売ってしまい、大損をしてしまう。

 やはり家族に価値は知らせておくべきですし、刀剣屋で売るように言っておくべき。こっそり買って言い出せない場合は、刀剣と一緒に値段の書き付けを残しておくべきです。


 消えるという話で、もう一つ。

 姿を消す事を「飛ぶ」と言うわけですが、刀剣を売買する人も「飛ぶ」事がある。これは刀剣商ではなく、研ぎ師や刀鍛冶などが副業で刀剣売買をする場合。

 刀に詳しくとも、鑑定や識別さらには商売として刀が見れるわけでもない。

 さらに本職の刀剣商とは資金力も違うため、段々と資金が回らなくなり行き詰まってくる。

 そうなると「飛ぶ」わけですが、その兆候として……少しでも儲けようと市場で、ヤタラメッタラ買い出すそうです。他の人が手を出さないような刀まで買いだすので、業者間では「こいつもうすぐ飛ぶな」と分かり、実際直ぐにそうなるのだそうで。

 刀剣商がこの話をしてくれたのは、実は警告の意味もありました。

 どうやら刀剣趣味の素人の中には、趣味が高じて刀剣を商いしだす人がいるそうです。理由としては、商売しながら刀が観られる。自分は目利き(鑑定会で何度も当てた)だから儲けられるといった事のようで。

 かくして素人バイヤーが誕生するのだそうですが……。

 そうした素人崩れの場合は根本的な資金力がないため、他の刀剣商が手を出さないような危ない品、怪しい品を買い付ける。もちろん資金繰りが直ぐに駄目になり、飛んでしまう。

 なお、そうした素人バイヤーに対しては、他の刀剣関係者がよってたかって偽物を買わせて騙して潰すとかで……恐い!

「もし、そうなったら敵なので容赦しませんから」

 笑っていたが、目が笑っておらず。趣味は趣味の範囲で楽しみなさいと警告のようでした。とはいえ、私の場合は名刀があれば他人に渡したくないから売り買いは無理なのですが。

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