七十七振目 鉄については小声で

 鉄についての話題は刀剣関係では禁句。もう何かと煩く、嬉々としながら噛みついてくる人がいるので避けねばならない話題です。もし万一でも勘に障れば徹底抗戦で持論をぶちまけられる事もあるわけでして……。

 そうした人の勘に障らぬようなマイルドな内容。


 日本刀がロストテクノロジーと言われるのは作刀方法が不明な点もありますが、使われた材料が不明という点も理由です。

 もちろん材料は鉄なのですが、鉄鉱石や砂鉄もありますし、どこで採取されたかも不明、精錬方法も不明。

 私は物流の向上と共に鉄が悪くなったと思うのですが、鎖国によって海外貿易がなくなったので悪くなったと言う人、たたら製鉄こそが諸悪の根源と言う人もいます(たたら製鉄は江戸時代に入って以降の商業製鉄であって、さらに時代が下ると量産体制が進み方法も変わっている)。

 結局は昔の鉄が何かは分からず諸説紛々、真実は歴史の彼方。


1)玉鋼

 日本刀の原料とされますが、これは近現代における原料と言うのが正解。刀鍛冶は少し前ぐらいから玉鋼とは言わず「和鉄わてつ」と言うようになってます。

 そもそも玉鋼とは何か?

 簡単には、江戸時代中後期に行われた一地方のたたら製鉄方法を試行錯誤で復活させ、それで出来た鋼で作刀すると案外良い刀が出来たので、以後それが日本刀の材料として使われるようになった……というものです。

 もう少し歴史の流れを(ただしうろ覚えも多いですが)いきますと。

 近代化の波で西洋製鉄が普及し、さらには廃刀令もあって日本のたたら製鉄は衰退し終焉。しかし、数十年ほどしてから当時の資料と製鉄に携わった人を集め、たたら製鉄を復活させる。そして太平洋戦争中は洋鉄系の粗製乱造、さらに戦後はたたら製鉄が中断。また数十年ほどしてから復活。

 こうして断続的に継承され今に残るものが、いわゆる日刀保たたらで、現代の玉鋼製造の状況になります。

 しかしながら卑近な例で言いますと……二十歳頃に努めた会社が倒産し職を変え、それから六十歳頃になった頃にその仕事を再現するよう頼まれたとします。さて、どれだけ再現できるのでしょうか。ちょっと疑問。

 たたら製鉄と玉鋼という、いかにもな言葉に誤魔化されている気がします。

 ついでに言えば古式鍛錬という言葉も似たような感じ。これも結局は江戸時代後期の作刀方法でしかありませんので。古式ゆかしき趣きはありますが、これも結局は古刀に辿り着けない作刀方法でしかない……。


 今の時代は「日本刀の材料=玉鋼」ですり込まれていますが、刀鍛冶自体は作刀を追及する中で玉鋼に限界を感じ、これでは古刀は再現できぬと各地の砂鉄を集め自分で製鉄し鍛刀する「自家製鉄ブーム」も起きたりしていました。

 ただし自家製鉄は手間とコストがかかり、鍛刀しても良い状態にならない場合もあり品質が安定しない。結果として玉鋼にすら及ばなかったり、鍛え割れや熱処理が難しいなど苦労がある様子。

 ついでに言えば、玉鋼のけらなどは「金偏に母→金の母→金を産む→金運」とお守りにされたりしますが、これは結構最近(十年以内)に言い出されたものです。観光PRで思いついたら意外に好評だったそうで……。


2)隕鉄

 ついでに隕鉄についても。人類が最初に手にしたとも言われる鉄で、それを鍛えたものが流星刀、隕鉄刀と呼ばれます。何と心くすぐるキーワードでしょうか、思わず欲しい! と思ってしまう。

 こうした隕鉄を用いた場合は、肌に複雑な模様が出ます。

 通常の地肌模様とは異なるもので、縞のようなマーブル模様をした独特の美しくも怪しい雰囲気になります。ただし、純粋に日本刀としてであれば明らかに見た目が騒々しく楽しめないですが。

 なんによせ通常の鉄より火入れが非常に難しいそうで、隕鉄で刀をつくるには相当な技量が必要になります。ある意味で技量のバロメーターと言えるかも。

 さて、それはともかくとして。

 宇宙空間を何億何千万年と飛翔し、その過程で結晶化され宇宙パワーを取り込みウンタラカンタラと説明され、それで鍛えた日本刀こそ神剣であるとかどうとか言う人もいます。

 それを聞くと製鉄や鍛錬で熱を加えれば意味ないよね、と無粋な突っ込みがしたくなる。あと隕鉄刀の肌模様は電解鉄を用いた肌にそっくりですよね、とか言いたくもなってしまう。

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