四十七振目 日本刀の華、一文字

一文字いちもんじ」という流派について。

 ざくっとした内容としてですが、まず備前国には平安時代から刀鍛冶が存在しこれを古備前と言います。この古備前がいわゆる長船となるわけですが、鎌倉初期に古備前から一文字系が派生し出現します。

 備前の国には長船派と一文字派という二大勢力が存在し、それぞれ名刀を鍛えていました。


 なぜ一文字という名前かと言えば、茎に「一」の文字を入れたからで、一文字の初祖の則宗が後鳥羽上皇より天下一と褒められたからと言われますが、真偽不明。

 しかし一文字という名は、言わばブランド名であって、そこに所属する各刀工は個銘でも作刀をしているものです。(ト○タ車という総称と、各車種のような感じ)。

 在銘「一」とありものが一文字、「一」が無銘になれば無銘一文字、そして所属刀工が無銘になれば無銘一文字という感じになるため、一文字極めの無銘刀は数多くあります。

 一文字という刀工集団ですから、それだけ出来に幅があるわけですが、一文字の刀の多数が国宝や重要文化財になっているように全体的に出来が良く名品が非常に多いです。

 こうした一文字の中にも種類があり、古一文字、福岡一文字、吉岡一文字、片山一文字、鎌倉一文字、岩戸一文字などに分かれています。

 ただし一般的に一文字と言った場合は福岡一文字の事になります。(もしくは、福岡一文字と吉岡一文字の両特徴を持った無銘品など)


 古一文字は福岡の一部になりますが、鎌倉初期(特に則宗、助宗、宗吉など一部)を別格扱いしたもので、作風は古備前風を残しています。華やかさはありませんが、その地鉄の風合いは柔らかく温かみを感じるものです。

 福岡一文字は鎌倉初期から中後期まで栄えた派で、備前長船の南にあった福岡という場所に居を構えたものです。全日本刀の中で最も華やかであり、また出来も優れています。ただし末期になると出来が劣り華麗さも消えていきます。

 吉岡一文字は福岡から派生し、備前赤磐郡吉岡という場所に居を構えた派です。鎌倉後期から南北朝期にかけ栄え、作風は福岡と類似しつつやや寂しい出来。

 片山一文字は鎌倉中期に福岡から派生し、片山の地に居を構えた派ですが……それが備前片山なのか備中片山なのかは謎。しかし作風は一文字より青江に近くなっており、刃文は特徴的な逆丁子で地鉄も含め青江気味になっています。

 鎌倉一文字は福岡系の助真が鎌倉幕府に招聘され、鎌倉に移住した派です。備前に居た時の作と鎌倉に移住した以後では作風が全く異なります。市場であまり見かけない。

 岩戸一文字は備前和気郡岩戸に居を構えた派で、別名を正中一文字とも呼ばれます。吉岡に作刀方法を学んだ元武家集団でセミプロのような存在。もちろん出来栄えもそれ相応で、一文字中で最も作柄が劣るとされます。これも、あまり市場では見かけない。

 しかしながら……これら一文字系統は南北朝時代が終わると突如として消滅します。鎌倉一文字は相州伝に吸収され、他は長船派に吸収された感じでしょうか。ひょっとすると南北朝の争いに絡み、敗者となった南朝側に荷担した事で、そっと姿を消したのかもしれません(勝手な想像)。


 標準的な出来の無銘重要刀剣であれば、古一文字500万、一文字650万、吉岡一文字550万、片山一文字500万ぐらいになるでしょうか。在銘で「一」とあれば、まあかるく一千万を突破してます。

 鎌倉一文字と岩戸一文字は数を見ないので何とも言えません。

 ただし一文字というものは前述のように、時代や刀工によって出来幅があります。これより上となる場合もあれば、ずっと下になる場合もあります。たとえば吉岡一文字であれば重要刀剣の無銘であっても950万もあれば300万もあるわけです。300万ぐらいの吉岡となると出来具合はもう……ね。

 何にせよ、以前であれば一文字系統を年に一本ぐらいはどこかの店で見かけたものの、最近どうにも出て来ない。ですが店に出ても直ぐ売れてしまう類の人気刀です。


 評価は一般的に、福岡>吉岡>>岩戸といったものになり、片山と鎌倉は少々別派扱い。

 しかし福岡より下とされる吉岡であっても、同時代他国の作に比べると群を抜いた出来と言われるため、いかに一文字系の出来が優れていたかが分かるかと。

 また、福岡>吉岡とは言えど、福岡末期はかなり出来が劣り華やかさに欠け、吉岡初期は出来が優れ華やか。しかも両者が同じ時代に混ざり合いながら入れ替わるため、一概に福岡だから良い、吉岡だから悪いと言えないのが難しいところ。

 作風としても吉岡は丁子乱に互の目が交じる小出来、映りも乱れ映りと言われるのですが……実際、一文字に鑑定された刀であっても、同じ特徴があったりします。無銘の鑑定では、福岡一文字、一文字、吉岡一文字に分かれている状態。

 福岡一文字極めは明確に華やかで、反りが強めで元先に幅があるもの。

 吉岡一文字極めは明確に小模様で寂しい刃文、もしくは姿形で元先に幅がなく全体にガシッとしているもの。

 一文字極めは両方の特徴を備え、明確にどちらと分けられない場合。


 ついでに菊一文字。

 語呂が良いことや、幕末の剣客が使用した(とされた)事で有名なのですが、厳密な意味でこれは存在しません。

 なぜこんな言葉が生まれたか推測するに。

・則宗と助宗が菊花紋を許された。

・後鳥羽上皇が十六葉菊花紋をハバキ元に毛彫りにて刻んだ。

・鎌倉時代末期に一文字、雲生、雲次らが後醍醐天皇に菊花紋を入れた刀を献上した。

・新刀の時代になると何人かの刀匠が菊花紋をいれている。

 こうした事が組み合わさり、「菊一文字」といった言葉が生まれたのかと。

 菊一文字と呼べる作があるとすれば、則宗と助宗のどちらかが菊花紋を入れた作なのですが……これは存在しない。

 代わりに則宗の曾孫にあたる吉平が菊花紋の入った「国宝福岡一文字吉平」の太刀を残しています。これを菊一文字と呼ぶかもしれませんが……結局は献上品であって、言わば勝手に菊花紋を入れているようなもの。これを菊一文字と呼ぶのなら、偽銘刀剣も許されてしまうかと。

 あとは実際に一文字系列で菊花紋を入れた作で観た物は、片山一文字系統での菊花紋入りでしょうか。この菊花紋は太鏨での十四葉でしたが、やっぱり献上品と思います。

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