三十振目 名家伝来品という売り口上
さて日本刀に限らずですが、『大名家伝来』となれば誰しもオオッと思ってしまいます。大名と言えば名家、各藩毎のトップだったわけで数々の名品を所持していたわけですから。
もっとも、記録などを見ていますと偽物を掴まされている事も多いようで。明治時代になって生活に困窮するなどして各名家が売り立てを行い、当時の小金持ちがこぞって買い漁ったところ大半が偽物だったという笑えない話もあります。
大名家などはプライドの塊ですから、偽物と知っていても「騙された」という事を認めないまま所持。そして代を重ねる内に、いつしか偽物を本物と疑うことなく信じていたという事もあるのでしょう。
もちろん大名家伝来の本物でも名品とは限らない。
たとえば「長光」の在銘品。普通であれば無銘でも800万円近く、在銘となれば1000万円を軽く越えてきます。ある時、某家伝来の在銘長光が販売され値段は700万円弱。あまりに不審で店に聞けば、「正真ながら出来が物凄く悪い。買わない方が良いよ」との事。それでも、「長光」の在銘が欲しいと買った人が居たそうですが、どうでしょうかね……刀のどこが好きかは人それぞれですが……。
それはさておき、今日の日本刀の販売において『大名』という言葉はやっぱりよく使われます。最たる物が登録証の番号からの『大名登録』でしょうか。まあ、その信憑性は登録証の数字でお示しした通りですが……。
店の販売文言として「大名家伝来」「〇〇家伝来」は良くあります。その他にも駄目な例として
・口頭で「実はこれ○○家伝来品なんですよ」
・説明で「素晴らしい出来なので大名家に伝わっていた名刀に違いない」
・鞘書きで○○家伝来と記されている
・ハバキや拵えに〇〇家の家紋があるので〇〇家
こうした事が根拠となっています。さらに酷い場合は登録証に記載された教育委員会の所在地のみで○○家伝来とされる事さえあって……。
店が売るときはこれで通用し割高になっていますけど、店に買い取ってもらう時には全く通用しません。必ず第三者に対し明確に説明できる資料などがなければ、名家伝来なんて言葉を信じてはいけません。
何故か販売品の大半が名家伝来を謳っている店もあったりしますが……。
明確な物は重要刀剣の記載事項にも「〇〇家伝来である」とありますが、せめて鞘書きにて著名な鑑定家が証明しているか、添え書きなどの資料は欲しい所です。
かつて拵え『無し』で手放した刀がありました。
素晴らしく出来が良く、あっさり重要刀剣になったぐらいですが別の刀の下取りに手放したわけです。
しかし、その店で売られた時には……まあ、どうした事でしょう。なにやら立派な家紋入り拵えと共に、○○家伝来として販売されております。
知り合いに頼み、興味あるフリをして店に聞いて貰いますと「これは○○家の末流の80歳を越える方が、後身なる数奇者のためにと安く手放されたものでして――」といったストーリーがまことしやかに添加されていました。
話を聞いた時は大笑いですが、いやはや怖い怖い。
刀は同じ鞘にしか入らないと言われたりしますが、実はそうでもありません。「合わせ鞘」といった言葉があって、反りと長さが概ね合えば異なる刀と鞘を一つにできるわけです。
出来の良い刀に適当な拵えを着せて〇〇家伝来としてしまう事も可能。かくして新たな伝説・伝来は今も生まれ続けているようです。
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