力不足

 ミュータントは、ここまで大きな変貌を遂げる可能性を持っていたのか。

 とんでもない大きさのミュータントだった。


 確か、特定の動植物を食べて取り込むことで、その動植物の性質を手に入れることのできる、ミュータントの種族の一つ、カカロ族。


 その姿はもう、人間とは呼べないほどの変貌だった。


 ――しまった。


 やつらはその場で変身しても、俺は正体を隠さないといけない。


 しかも、いつもなら事前に警察官たちが人払いをしてくれているのに、この場は人ごみで埋め尽くされている!


「みんな! 逃げるんだ! 早く! 逃げろ!」


 叫ぶも、通行の人々は何なのか分からず自分を注目しただけだった。


 人々から聞こえる声「なにあれ?」「何かの撮影か?」「いやああああまた出た!」「すごーい」「おいおいなんだあれは?」「逃げよう! 早く!」一部は体験したのだろう、いち早く逃げているが……何なのか分からず見上げている人や、スマートフォンを出して撮影している人までいる。


 ふしゅうううううう――


 巨大なカブトムシの怪物の呼気。そして、辺りを見回した。


「ハラ、ヘッタ。戦ウ前ニ……」


 巨大な体が動き出し、手を伸ばす。


「え? 何? 何これ? ちょっと!」


 持ち上げたのは、一人の女子高生。


 ――ダメだ!


「やめろおおおおおおおおお!」


 喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。

 そして。


 ガブリ。


 巨大なカブトムシのミュータントが、見知らぬ女子高生の上半身を一口で噛み千切った。


 盛大に飛び散る鮮血。


 うあああああああああああああ――


 だれかの叫び声、周囲がどよめく。


 カブトムシのミュータント、ゴウラムと呼ばれたその巨大な怪物は、女子高生の下半身も一口で食い尽くすと、また一人、スーツを着た男を手軽につまむように掴んでガリガリと咀嚼し始めた。


 それでも、あっけに取られたのか、周囲がまだ状況を把握できていない。


『ああ、たしか、エルガイアは隠れて変身しないといけないのね』


 ゴウラムの隣にいる女のミュータントの思念が届く。


『いいわよ、待ってて上げるわ。早くしないと私のゴウラムがお腹一杯になるまで人を食べるわよ』


「くそ野郎!」


 俺は二人のミュータントにきびすを返して背を向け、建物の中に入った。情けないが、トイレに駆け込み、個室に入って変身する。そしてエルガイアの姿で急いで現場に戻った。


 その間に、ようやく状況が把握できたのだろう、人ごみが蜘蛛の子を散らすように逃げ回っていた。


「エル、ガイア。見ツケタ……」


 夕方の市街。渋滞状況の車の列を蹴散らして、こちらに向かってくる。それだけでも大惨事だった。


 蹴散らした車が裏返り、対向車線の車と衝突し、散々たる光景になっていく。


 こんな中で、戦わないといけないのか!


 だが、やるしかない。これ以上犠牲者を出してなるものか!


「フォームフレイム!」


 ゴウッ!


 コツコツ溜めておいた炎の力を解放する。


「いくぞ!」


 道路のど真ん中で、車を邪魔そうに蹴散らしているゴウラムに突進し、全力で拳を突き出す。早く何とかしないと!


 ドゥゥゥゥゥゥン


 拳がゴウラムの腹に命中した時、そんな響き渡るような音がした。


「え?」


 あっさりと吹き飛ぶゴウラム。


 おかしい。この巨体で、こんなあっさり吹き飛んで……体がとんでもなくでかいのに体重が軽いのか?


「ウ、ウアアアアア……」


 たとえるなら、大太鼓を殴りつけたような感覚だった。


 鈍重な動きで立ち上がるゴウラム。


 こんなにあっさり吹き飛ばれたら、こちらが込めた力が分散して威力が通らない。


 なんだこの化け物は……。


『ゴウラム。やる気は出たかしら?』


 にやにやと気味の悪い笑みを浮かべる女のミュータント。以前人間の姿のままだが、鳥のような姿をした正体と重なって見える。


「オレ、ガ、エルガイア、倒ス」


 ドスンドスンドスン。


 音はしても決して重さを感じない足音。そしてゴウラムは横殴りに腕を振って来た。


 それを全身で受け止めようとする。


 だが――


「がっ!」


 なんだこのパワーは! 体が簡単に持って行かれる!


 今度はこっちが吹き飛んだ。


 巨大なのに体重が軽く、そして俺を一撃でぶっ飛ばす怪力。


 何だこの酷くバランスの悪い巨躯は。


 体を回転させて、ビルの壁に着地する。そこからさらに跳躍して、ゴウラムに向かって高々度から飛び蹴りを放つ。


 ガアアアアアアアアアア――


 ゴウラムが吠えて。頭を……巨大な角を振り回す。


 その角は、俺の飛び蹴りした脚をかち上げた。


 俺はその場で空中回転するような姿勢になり、ゴウラムの腕で叩き落とされた。


 痛みなんて、感じている余裕は無い。相手は常に俺よりも強い。


 すぐさま起き上がり、再び跳躍して今度はゴウラムの顔面に拳を叩きつける。


 ゴウラムは簡単に吹き飛び、ごろんごろごんと転がった。


 やっぱり簡単に吹き飛んでしまう。威力がまったく通っていない。


 あえて欠点を挙げるなら、ゴウラムというこの化け物は、頭が酷く悪いようだ、そして動きもノロい。単純な攻撃しかしてこない。


 今までの、研ぎ澄まされたような格闘戦をしてくるような敵ではない。


 単純で、シンプルで、かつ力強い。


 今まで相手にしてきた相手とは方向性が違う。


 加えて、こちらの攻撃はまったく与える事ができない。


 何なんだコイツは。


 力はあるくせに、こちらの攻撃では簡単に飛んでいく。


 どう相手をすればいいんだ?


 ――ええくそ。だったら一気に決める!


 内に秘めた炎を、さらに開放する。


「フレイム、オーバーブレイク!」


 起き上がるゴウラムに向かって、全力で炎の手刀を叩き込んでやる。

 相手は昆虫の割合が高いのだとしたら、内側から炎で焼き尽くす!


 ――ガキンッ!


「な、に……」


 炎の手刀が入らない。


 装甲。とでも言うべきか。高質化したゴウラムの皮膚に、手刀が入らなかった。


 こいつ、硬いのか。


「はっ!」


 見上げると、両手を組んで振り下ろしてくるゴウラムがいた。


 ドシャアアアン!


 思いっきり振り下ろされたゴウラムの拳に、俺はあっさりと潰れた。

 頭がチカチカする、体がアスファルトに完全にめり込んでいた。


「がはっ!」


 口から血が飛び出した。


 体全体が痺れている。骨が、どれだけ砕かれたのかもわからないほど体が動かない。


 一撃。


 俺は一撃で潰された。


 動く事が、でき、ない……。


 まずい、このままさらに追撃されたれたら、それこそ体がぐしゃぐしゃになる。


「…………」


 ゴウラムが、静かに俺を見下ろしていた。


「エル、ガイア。弱イ。予想、ガイ……ツマラ、ナイ」


『何をしているのゴウラム! さっさとトドメを刺しなさい!』


 女のミュータントの思念。


「オレ、イヤダ。チャント、戦イ、タイ」

『トドメを刺しなさい!』

「イヤ、ダ。オレ、カエル。ツマラナイ』


 ゴウラムの背中がバカリと開き、羽となって小刻みに動き出した。


 ブゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウ――


 昆虫の羽音。


 ふわりとゴウラムが浮き上がり、そのままあさっての方向へ飛んでいった。


『チッ、しかたないわね……』


 女のミュータントも、半人半鳥の姿になって、飛び去って行った。


「く、そ……」


 無様。


 体が動かせず、潰されたまま。

 無様に放置されて、ミュータントの姿はいなくなった。

 こんなの、反則だろ……。



 ようやくやってきたパトカーのけたたましいサイレン。

 どんどん近づいてくる。


 そして、バイクが一台、何とかうつ伏せから仰向けの姿勢になれた俺の横に止まった。


「大丈夫か? 拓真君!」


 それは、白バイに乗った愛隣凛太郎さんだった。

 ごき、ぐきぐきぐき――



 俺は変身を解除して、起き上がる。


「大丈夫です。変身の解除……肉体の変化でダメージは修復されますから」

「そうか……」


 愛隣さんがバイクから降りて俺の腕を取った。


「拓真君、ごめんね」

「はい?」


 ガチャリ。


 愛隣さんは、俺の手首に手錠をかけた。

 なんで? どういう事だ?


 愛隣さんが無線で報告する。


「こちら愛隣凛太郎。容疑者結崎拓真を逮捕。確保しました。今からそちらへ連行します」


「なんで! どうして!」


 叫ぶも、愛隣さんは黙ったまま手錠をかけた俺の腕を引っ張り、後からやってきたパトカーの中へ押し込められた。

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