討伐

「どうしますか? ヘラム様」


 どうやらリーダーはヘラムというらしい。アムタウ族は全身をプロテクターのような皮膚で覆われ、とんでもない身体能力を持っている。ひと目で見るとエルガイアと似かよった体の構造をしている。


「コリオリ、オーダー、サリア。手はずどおりだ。行け!」


 呼ばれた三人の部下たちが「はっ、仰せのままに!」と口をそろえて発し、こちらに向かってきた。

 三人がかり、まだ何とか対処できるはずだ。


 右側左側、そして正面から高く跳躍して、三方向から向かってくるミュータント達。


 一番早い右側からだ!


「はぁぁ! せぇい!」


 真っ先に肉薄してきた一人目のミュータントに、右腕を突き出すように拳を振るう。


 だが――


「え? なにっ!」


 そのミュータントが、突き出した俺の右腕を抱くように掴みかかってきた。


「なっ!」


 左側からも、二人目のミュータントが同じように俺の左腕を全身で抱くように掴んできた。そして俺は両腕をがっちりと捉まれて身動きが取れなくなる。


 意外な動き。三人連続で攻撃してくるのかと思っていた。


 だが違った。


 飛び掛ってきた三人目が俺の目の前で着地し、また跳躍して俺の背後に着地すると、俺の後ろ髪を掴んで、さらに背中を自分の肩で押し当てて後退できないように押さえ込まれた。


 ――しまった。こういう戦法できたのか。


「そのままだ! いくぞ! とうっ!」


 そしてヘラムと呼ばれたリーダー格がその場から高々と跳躍する。

 そして長距離跳躍からの飛び蹴りが、俺の胸に突き刺さった。


「がッ! ああ――」


 俺の胸はプロテクター状の皮膚が砕け、ヘラムの蹴りがめり込み、さらに胸の骨と筋肉が一撃で砕かれた。


「ごふっ!」


 口から血が吐き出される。

 着地したヘラムが「くそッ!」と吐き捨てる。


「一撃必殺のつもりで入れたのだが、さすがに頑丈だな」


「おい、きざま……卑怯、だぞ……」


 未だ三人がかりで体を押さえ込まれ、血反吐を吐きながらヘラムを睨む。


「卑怯? なんの事だ? 一人に対して四人がかりで襲ったことか? 押さえ込まれた隙を突かれたことか?」


 俺のエルガイアの体を押さえ込んでいる三人のミュータントがくすくすと笑う。


「俺たちはエルガイアの『討伐』に来たのだ。決闘などをしに来たのではない。……いいかもう一度言うぞ、これはエルガイアという化け物の討伐だ。お前を討伐するために我ら赤い牙が動いたのだ。何故お前という化け物を倒すのに、いちいち一人づつ決闘を挑まねばならぬ? お前を討伐し、殺すためならばどんな手段も取る!」


「ぐ、ぞ……」


「だが今の一撃でも死なぬとならば、これはもう死ぬまで殴り続けるしかないな」


「ふざ、けるな……」


「ふざけてなどいない。エルガイア、一撃で倒せぬのなら、死ぬまで畳み掛けるしかない!」


 ガッ! ゴスッ! ドゴッ! ガンッ!


 顔面、胸、腹、頭。


 三人がかりで押さえ込まれ身動きを取れないまま、俺はヘラムの拳を全身で浴びることになった。


 ―――――――――――――――


「やはり、か……」


 月島課長が四人がかりで殴られ続けるエルガイアの姿を冷静に観て呟いた。


「月島課長! 発砲許可を!」


「いや、ダメだね。舘山寺警部補」


「何故ですか? このままでは拓真君、エルガイアが!」


「……ふむ」


 月島課長我何を考えているのかが分からない。業を煮やし切って居ても居られず。俺は機動隊員を書き分けてエルガイアの元へ走った。


「舘山寺さん!」


 木場の声も無視だ! どうあっても、エルガイア、拓真君を失うわけには行かない!


「あああああああああ!」


 俺は叫び声を挙げて、ミュータントの注意を惹きつける。

 エルガイアを殴り続けていたミュータントがその手を止めた。


 ――今だ!


 俺はリーダー格のミュータントとエルガイアの間に滑り込むように割って入り――

「至近距離なら、どうだ!」


 持っていた八九式小銃を、リーダー格のミュータントの胸へ向けてほぼ密着するような距離で弾丸を叩き込んだ。


 タタタッ! タタタッ!


 三点バーストで連射する。


 リーダー格のミュータントの胸に、六つの穴が開いた。


 ――効果があった! だが……。


 国産アサルトライフルの至近距離の発砲でも、アムタウ族の強靭な肉体の前には、軽微でしかなかったようだ。


「ヘラム様!」 


 エルガイアを押さえ込んでいる三人のうちの、一人のミュータントがリーダー格のミュータントをそう呼んだ。


 俺はそのヘラムというアムタウ族のミュータントと睨み合う。


 銃口は突きつけたままだ。


「…………」

「…………」


 ヘラムの方も、胸から流れ出る血も抑えず、こちらを睨んできた。


 一言でも何かを発せば、少しでも身動きさえすれば、この膠着はあっさりと崩れる。緊張の糸がキリキリと張っていく。


 そして、ヘラムの方が俺から目を離し、胸をまさぐった。

 自分の血でベタベタになった手を見るヘラム。

 そして冷静にヘラムは言った。


「コリオリ、オーダー、サリア。エルガイアを開放しろ。退くぞ」


「どうしてですか?」

「なぜですヘラム様?」

「ここで退くのですか?」


 ヘラムは全身に力を入れ、「ふんッ!」という声と主に、胸の筋肉で血を噴出しながら、体内に入った弾丸を飛ばすように取り除いた。


「みな、後ろを見ろ。この男の持っている武器。銃と言ったな……この男と同じ銃を持っている人間が何人かいる……私たちの体に傷をつける武器を、人間が持っていたという事実……再考せねばならない。相手はエルガイアだけかと思っていたのだがな」


「…………」


 俺は何も言わず、ひたすらに銃口をヘラムに向けた。


 しばらくの静寂のあと、三人のミュータントがエルガイアを解放して、ヘラムと一緒に引き下がった。


「まてッ!」


 俺が叫ぶ。後ろでエルガイアがどさりと倒れた。


「私たちの肉体に傷をつけることは出来ても、私たちが退く事を止められるか?」


 ヘラムがこちらを睨んで言ってくる。


「…………」


 確かにそうだ。本当にかすり傷程度しか与えていない武器で、一気に四人も相手に出来ない。このまま見逃すしか、できない……。


「ふんっ……」


 不満の混ざった鼻息を出して、ヘラムたち四人のミュータントは高々と跳躍して街中に消えていった。


「…………ふう」


 ようやく緊張の糸が緩む。


 やろうと思えば俺は殺されていた。九死に一生を得たというのはまさにこの事だろう。


 銃を下ろし、振り返ると、倒れていたエルガイアが異音を立てて元の少年の姿。拓真君の姿に戻った。


「大丈夫か? 拓真君。しっかり」

「うぅ……げほっ!」


 意識があった。起き上がろうとした拓真君がどぼりと血を吐き出す。


「拓真君!」


 銃を地面に置いて、拓真君の背中を支えて起き上がらせる。


「大丈夫ですよ。変身が戻ったときに、体の怪我も治りますから。腹にたまった血が出ただけですよ……」


 やはり、分かりきっていたことだが、拓真君一人では荷が重すぎた。

 何とかしなければ。


 俺たちも、エルガイア討伐部隊赤い牙に対抗できる手段を、早急に模索しなければならない。なんとしてでも、エルガイアと共に戦える戦力を整えねば。


「立てるかい? 肩を貸そう」

「ありがとうございます……」


 エルガイア対赤い牙の初戦は、多くの問題を浮き彫りにさせてつつも、なんとか無事にやり過ごすができた。


「最低でも病院で検査を受けよう」

「……はい」


 拓真君を起き上がらせ、銃のベルトを手に掴んで立ち上がった。


 このままではジリ貧どころじゃない。何とかしなければ拓真君が赤い牙に殺されるのも時間の問題になる。


 何か手は無いのか……?

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