第四章 戦士たち
報告―Reporting―
はっきり言って、死ぬ。
あの決戦の後から事後処理と、機動隊を勝手に動かしたという始末書……今回の事件の報告書の作成にかかりっきりで、まともに眠れもしなかった。
今日も朝がたに飲んだ栄養ドリンクがうまかった。
「――以上が、今回の連続猟奇殺人事件、および失踪行方不明者事件の真相と事件解決に至るまでの内容です」
多くの警部警部補たちの視線を一点集中を受けて、大きくため息をついた。
全員で五十人以上捜査員の視線の中で、その端に機動隊員隊長の子安静雄さんがいた。
機動隊は自分の次にあの怪人達の被害をこうむった……あの怪人達の恐ろしさを知らされた者達だ。街中での怪人の暴行で十二人が死傷、さらにあの北区の洞穴の最後の戦いの時、二名が殉職し五名近くが職場復帰不可能となった。自分が勝手に子安さんへ直談判し機動隊を動員してもらった、だが謝ることなどできない。
子安静雄警部、機動隊長は剣道七段、空手六段合気道四段の豪傑とも呼べる、武道家の面を持っていた。だからこそ今回の被害に対して謝罪を述べるのならば、顔面の骨が砕けるような拳を浴びせられるだろう。部下を十名以上人も再起不可能にさせた被害。俺が作った被害だ、だが彼らもその覚悟の上でやってきてくれたのだ。
男として、いち機動隊員として、謝罪は逆に侮辱となるだろう。子安警部とはあの一見依頼、一言も言葉を交わしていなかった。だからだろうか、子安さんの視線がひと際胸に刺さっているような感覚がする。
大の大人が五十人以上も集まったまま、静寂の時間が秒単位で積もっている。
こほん、とわざと咳払いをして仕切りなおした。
「えー、それでは今回の事件で入手した怪人達の死骸のについての報告を聞きたいのですが……毒島警部。お願いできますか?」
ずんぐりと太った毒島警部、額から流れる汗をハンカチで拭いながら、紙束を持って立ち上がった。
「えーっとですねえ、今回入手した怪人たちの死骸、腹が破けた怪人と、産まれたばかりの怪人たち、ええっと。今回は人間ではない未知の生物なわけでして、科学捜査では手に余るという事で」
べたべたと現れてはハンカチで汗を拭う毒島警部。途切れ途切れの話し方が異様にその場の緊張感を高めてしまっている。
「まず、市内にある国立医大へ搬送し、怪人たちの解剖及び体内の成分析をした結果、とあることがはっきりと、ええと、明確に現れた部分がありました」
毒島警部が手に持ったレポート用紙のページをめくる。
「まず、腹の破けた怪人と、産まれたばかりの怪人たちを調べた結果、体内にとある成分が……生まれたばかりの怪人たちのほうに著しくない物、成分物質がありました」
「それはなんですか?」
「それはですねえ、舘山寺さん。ドーパミンという成分でした」
「詳しくお願いします」
「それがええと……私は医学用語にあまり詳しくなくて、正直な所この文面を読んでもまったく分からないのですね。ですが、担当した栗山篤志先生から分かりやすく口頭で説明していただいたので、それを報告しようと思います。ああ、こっちの報告書は後日に提出いたします」
「ではお願いします」
「はい、では。まず生まれたばかりの怪人には、人体には必須の成分、ドーパミンがほとんど検出されず、腹の破けた怪人からは十分以上のドーパミンが、脳内及び体内に大量にありました。仮に腹の破けた怪人は母体、産まれたばかりの怪人たちは子体と仮称します。おそらく……これは栗山氏の見解なのですが、この怪人たちは体内及び脳内でドーパミンを作ることが出来ないのだと思われます……よってドーパミンを大量に含んでいる人間から、人間を食べることによって、ドーパミンを摂取していたものだと思われます。なので人間を大量に食べた母体からはドーパミンが検出され、産まれたばかりの子体からはまったく検出されなかったのだろうと思われます。ですが、ドーパミンという成分は人間以外の動物からも摂取できます。なのに人間を食べて摂取していたということは、体内でドーパミンを作れないにもかかわらず、ドーパミンを人間以上に消費するから、だろうとの見解です。でした」
レポート用紙の束をバラバラとめくり、歯切れの悪い物言いをしているのは、おそらく緊張からか、口頭で詳しく教わったことを思い出しているのか、あるいは両方か。
「ですが普通の人間は口から食べたドーパミンは脳へは届かないのです。なぜなら……脳血液、じゃなくて、人体にある器官……人体の構造として血液脳関門という部位でドーパミンは通過できないのです。ああ、ちなみにドーパミンと似た物質レボドパは、血液脳関門を通過してそれを材料に脳内でドーパミンに変化させることが出来ます。あくまで人間の場合ですが……つまりは、口で食べて摂取したドーパミンは基本的に脳へは行かないということでありまして、脳内でできたドーパミンは脳内だけで使われ消化し、食べて摂取したドーパミンは脳以外の体内で成分が働き消化されていきまして……そしてあの、この怪人たちの場合はこの血液脳関門で口から摂取したドーパミンを通過できる構造となっているようです。何故大量にドーパミンを消費する構造なのにも関わらず、食べることでしか摂取できない、体内で作ることが出来ない原因は、まだ解明途中であります」
「つまり、裏を返せば、怪人たちに人間や食物を摂取させないようにすれば、怪人たちはドーパミン不足で弱体化、あるいは死ぬこともありえるということですか?」
「それは、どうもわかりません。どうなるかは今の現段階では証明することが出来ません。何せ全部が死骸だったので……もし生きた検体が手に入ったのならば実験は可能ですが、もう生物的に機能を停止している状態ではなんともいえない、といった所です。ですが人間の場合はドーパミン不足でパーキンソン病などを発症するとも言われていて……、ああ、これは蛇足ですが、そもそもドーパミンという成分は、脳内で感情や物事への意欲学習などへ働きをかける成分でありまして、またアドレナリンとノルアドレナリンを作る材料でもあり、セロトニンとヒスタミンなどとあわせてモノアミン神経伝達物質とも呼ばれます」
汗のかきすぎか、しゃべりすぎて口が渇いたのか、失礼しますといいながら、自分の席にあったペットボトルのお茶を毒島警部はごくごくと一気飲みして一息ついた。
「えっとですね、結局の所、怪人たちはこのドーパミンを自分で作ることが出来ない上に人間以上に大量に消費するため、人間ほどにドーパミンを持っている生物の頭を食べなければ、生きていけないだろうとの事です。ただ、ドーパミンは人間の頭部以外にも体内の器官部分に大量に含まれてもいまして、何故怪人は頭だけを食べるのかはまだ未解明であります、もしかしたら脳内の成分でまだ摂取しなければならない成分があるのかもしれないと、目下研究中であります。あと、母体と子体。それから最後に現れたあのひときわ凶暴な怪人……これも栗山氏の見解なのですが。タマゴから生まれた子体は、厳密にはタマゴではなく、母体の中で育っていた途中で切り離された失敗作ではないか? といっていました。最後に現れたあの凶暴な怪人、あれを産み出すために、その過程で育成途中から切り離されたものではないかと。私からは以上です」
「わかりました、ありがとうございます毒島警部」
毒島警部が大きくふうとため息をして、言い直した。
「それからまだもう少しだけ、報告するべき箇所があります」
「どうぞよろしくお願いします、毒島警部」
「遺伝子の方の報告です」
「怪人の遺伝子に何か特別なものでも?」
「えっと、遺伝子が九十九%以上一致する生物がありました」
「それはなんですか?」
「それは、人間です」
「人間、自分たちとですか? 九十九パーセント以上も?」
「ええそうです。彼らはサルやゴリラ、チンパンジー以上に人間に近い生物だという事でした」
「どういうことですか?」
「それが、まださっぱりで。これも研究中です、失礼しました」
怪人が猿以上にほぼ人間と同じ遺伝子構造を持っている。
どういうことだ? とばかりにどよめきが起こった。
あんな人間とかけ離れた生物が、自分たち人間とほぼ同じ……信じられないことだった。
目頭を強く揉む。もうこちらの脳の許容量がいっぱいいっぱいだった。
古代ネパールから時代を超えてやってきたの怪人たち、怪人とドーパミンについて、我々人間と遺伝子がほぼ一致しているという現実。さらにまだまだ謎が多いという点。
これから警察は、人間はこの現実にどうしたらいいのだろうか?
人類の天敵。つまりは人類を脅かす生物。
エルガイアという、怪人に似た力を持ってしまったあの結崎拓真少年。
これで終りなはずがない。
怪人はたったこれだけだったのか? 今ネパールはどうなっている?
それにまだ行方不明の怪人、アスラーダという難敵が残っている。
これから一体、どうなるのだろうか?
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