第58話 燃えない布

「火鼠なんて聞いたことないけどな…。シオツチのおじさんいつものように解説をどうぞ。」

「火鼠とは中国の架空の動物ですな。火山や火の中に住むとされていますぞ。」

 シオツチのおじさんはドヤ顔で語り出した。

「その架空の動物の皮をどうやって手に入れるんです…?そこが重要だと思うんですが…。」

「うむ、それですがな。火鼠の皮衣、皮衣とは言っても火鼠の毛で編んだ布なのですがな。いわゆる燃えない布というのは古来から製法が確立されておりましてかぐや姫が欲しがった宝物の中では最も実現性が高いのですぞ。」

「えっ、それは本当かい塩土老翁?」

 ツクヨミさんの鼻息が荒くなりテーブルに身を乗り出す。シオツチのおじさんはその反応を見て満足げにうんうんと頷いた。

「燃えない布は通称火浣布(かかんふ)と呼ばれております。中国では周の時代から権力者への献上品として何度も登場しているのですぞ。」

 周の時代、というと殷の次の時代だっただろうか…。

「紀元前の話だったらそれこそファンタジーじゃないのか?」

 マサルは三国志好きが転じて中国の歴史を多少なりとも知っているようで、周が紀元前だというのがパッと出てきたようだ。

「もっと後年にも火浣布の献上はありますぞ。いわゆる三国志の時代、仙人から魏の曹丕に献上されたことがあるそうです。」

「仙人からって…。」

「曹丕の二代後、曹爽の時代には火浣布が本当に燃えないのか実験した記録が魏書には載っているそうです。」


「しかし…現実感がないな…。日本の話はないんですか?」

「日本では徳川政権の時代の平賀源内という人が火浣布を作るのに成功しているそうですぞ。」

「知ってる人来たな…。ようやく現実感が出てきた…かな?」

 ここまで話を聞いて、話を聞いている面々の顔も明るくなってきたように見える。

「よし!…で、火浣布はどうやって作るんです?シオツチのおじさん。」

「火浣布はクリソタイル、クロシドライトといった鉱物を繊維状に砕いて作るそうですぞ。」

「クリソタイル…?聞いたことないな。ファンタジー鉱物かな…。」

「いえいえ、れっきとしたリアルに存在する鉱物ですぞ。石綿、アスベストなどとも呼ばれています。」

「……。」

「…それは健康被害があると評判の奴では…?」

「ニュースなどでも静かな時限爆弾とも呼ばれていますな。」

 アスベスト繊維は丈夫なため、呼吸で肺に吸い込まれるとずっと分解されずに長い時間をかけて細胞を損傷させて肺がんなどを引き起こすらしい。

「えっとさ…そんなのをプレゼントするのは最低なんじゃないの…?」

 このミカドの発言は、良識がある人全員の意見を代弁したものだろう。

「本人が欲しがってるなら別にいいと思うのじゃ。」

「どうせツクヨミ様のご息女ですからね。健康被害くらい大丈夫でしょう。」

 オタマとイワナガヒメさん的にはOKそうだが…

「俺もそういうプレゼントはどうかと思うな…。」

「燃えない布じゃないけど燃えにくい布ならあったぞ。」

「マサル、知っているのか!」

「というか、ここに。」

「それはうちのカーテンだし、人の家のカーテンをプレゼントするのも普通に最低のことだからな。」

 マサルが右手でもてあそんでいるのは、ニトリで買った防炎カーテン(5000円くらい)だった。


「まあ…ヤマトの家のカーテンをそのままプレゼントするのはダメだと思うけどさ…燃えにくいカーテンをプレゼントするってのはアリかもよ。山石先生の妹さんに仕立てて貰えば柄によってはおしゃれな服になるかもだし。」

 この場でまともな意見を出してくれるのはこのミカドだけかもしれない。

「その案は良さそうだな。他に手がなければニトリなりハンズなりで防炎カーテンを買って贈ってみるのが良いかもしれない。どうです、ツクヨミさん。」

「とりあえずその防炎カーテンは用意しておこうか。…気に入ってもらえなかったら僕がまる焼けになるだろうから、そのカーテンで僕の服を作れるから無駄にはならないだろうね。」

 ツクヨミさんはすっかりネガティブになっているようだった。

「これで5つのうち4つか。仏の御石の鉢は△(宅配ピザで貰ったポケモンボウル)、蓬莱の玉の枝は×(コスト的に)、燕の子安貝は△(シオツチのおじさんのコレクションから誤魔化す)、火鼠の皮衣は△(カーテン)…。」

「…なんだかんだ話し合ったわりに、ガラクタばかりのような気がするのじゃ…。」

「…俺もそう思う…。」


「最後の一つは龍の首の珠、ですな。」

「これはどうしようもなさそうだから×だな。」

 もう飽きたのか、マサルは即諦めの声を上げた。

「諦めるの早すぎなのじゃ…。」

「とは言っても龍の知り合いなんてなぁ…」

 俺とオタマは一つのことに思い当たり、顔を合わせる。


「…居た。」「…居たのじゃ。」

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