第57話 プレゼント大作戦

「えーと次は…蓬莱の玉の枝…か。シオツチのおじさん、解説をお願いします。」

「東の海にある蓬莱という山にあるとされる、根が白銀、茎が黄金、白い珠を実とする木の枝のことですな。」

「……。」

「どのようなものかはっきりしているため、偽物を作ろうと思えば作れるあたり実現性という点でハードルは低そうですな。竹取物語の作内においても、くらもちの皇子が偽物を作ったとあります。月読殿、いかがですかな。」

 シオツチのおじさんの言うことは一応もっともではある。

「コスト面がね…。知っての通り僕はあまり信仰されていない神だし、お金は誰かに頼るしかないね。」

モンスターペアレントで、かつヒモとか最悪の父親像だと思う。みんなそう思ったらしく、黙りこくってしまった。


「そもそも仏とか蓬莱とか火の鼠とか龍とか空想上のものをどうかしようっていうのは難しいんじゃない?」

 沈黙に耐えられなくなったのはミカドだった。

「仏…お釈迦様は空想上の生き物じゃねーし…一応。」

 お寺の息子のマサルはその点は譲れないらしい。

「よし、じゃあファンタジー成分を消去法で消して、燕の子安貝はどうだろう。燕ならこのあたりでも身近な生き物だし。」

 この葦原町は自然もそこそこ豊かで近くに川も流れていることから、巣作りのシーズンには街中でもたくさんのツバメを見かける。

「ふふん、子安貝と言うのは私が先ほど見せていたタカラガイのことですぞ。タカラガイは貝の形状から、古来より安産のお守りとしても珍重されているのです。」

「へえ…。博物館で数百円で売っているものなら用意もしやすそうだし良いかもしれないなあ。」

「なお、竹取物語にて、かぐや姫が石上麻呂(いそかみまろ)に要求する燕の子安貝は、ツバメが産むとされる子安貝、ですな。」

「…ツバメって貝を産むんです?」

「石上麻呂はツバメの巣に手を突っ込んで糞を掴んで転落して怪我をしたあげく、病気になって死んだそうです。ツバメが貝を産むなどありませんから、まあファンタジーですな。」

「ひどい。」

「ツバメの巣作りシーズンは春から初夏にかけてだから、今は季節外れだよ」

 今は夏休みが終わった9月、生き物に詳しい妹のぱせりが補足した。

「私のコレクションから選りすぐりの貝をお譲りしても結構ですが、さすがにツバメが産んだものはありませんな。」

「これは…とりあえず保留だな…。ほかに手がなければシオツチのおじさんのコレクションで何とかごまかす方向にするということで…。」



「ただいまー!大和ー!」

 玄関からぐしゃりという異音が響いた後、クズハの声が聞こえてきた。おそらく、鍵かドアノブどちらかが破壊されたのだろう。

「あっ、今日はカレー?」

「ただいまー、って…ここはお前のうちじゃないぞ。…クズハ、その恰好はどうしたんだ?」

 リビングに駆け込んできたクズハは、制服がところどころ焼け焦げ、体も軽いやけどをしているようだった。

「ちゃんとお手当しないとダメだよー!」

 その姿を見てぱせりが薬箱を取りに行く。

「だいじょうぶ、カレー食べれば治るし!」

「それはどうかわからんが、それより何があったのか聞かせてくれ。」

「なんか変な子にいきなり襲われたの!着物着ててー、黒髪でー」

「ツクヨミさん、クズハを襲った変な子はもしかしてお宅の娘さんでは?」

「……まだ、まだわからない。」

 ツクヨミさんは腕組みをして、視線を合わさないよう虚空を見つめている。

「かぐやって名乗ってた。」

 ツクヨミさんは黙ってクズハに向かって形の整った見事な土下座をし、その姿勢で硬直した。


「クズハ、その変な子はどうやらツクヨミさんの娘さんらしい。…何か言ってなかったか?」

「えーと、父親を捜してるって。」

「黄泉さんの他に被害が出る前に、そこで固まっている月読様を突き出すほかありませんね…。」

「イワナガヒメさん、まだ結論を出すには早いよ。クズハ、他には?」

「なんか火の帯で攻撃してきたんだけど、自分の着物も燃やしちゃったみたいで。『せっかくお母さんに作ってもらったのにー』って言ってた。」

「かぐやさんの服は妹の木花咲耶が仕立てているはずですが、その服をも燃やすほどの火の力ですか…。まともに火の攻撃を喰らったら黒焦げですね…。月読様、水の用意をしておかれた方が良いですよ。」

「鹽盈の玉を貸すから元気を出すのじゃ。」

 オタマはそう言いながら魂の抜けているツクヨミさんの背中をぽんと叩いた。


「ふむ…服が燃えて困っているなら、贈り物は決まりですな。」

「シオツチのおじさん、何か良い物が?」

「火鼠の皮衣。燃えない布とされているものです。これを贈ってご機嫌を伺ってみるのはいかがですかな。」

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