第54話 孕む声
なにやらツクヨミさんが育児放棄した娘さんが我が町の葦原町に来ているようで、富士山が噴火しかねない大変な状況だという。
「父親であるツクヨミさんを突き出して平和的解決、ってわけにはいかないのか?」
マカラのマーちゃんと遊んでいたマサルが口を挟んできた。
「勘弁してくれ…今度は僕が黄泉送りになってしまう…。」
そう言うツクヨミさんの顔色は、ガチで悪い。割とただ事ではなさそうだ。
「そもそも何で怒らせるようなこと…1000年程度も放置してたんですか?」
俺の問いにはイワナガヒメさんが答える。
「月読様、詳しく説明してもよろしいですか?」
「…あまり良くはないけど…任せる。」
その言葉に、イワナガヒメさんは軽くこほん、と咳ばらいをして、長い話に入った。
「ことの始まりは、人間の暦でいうところの平安時代のあたりのことだそうです。特に働きもせず、ぶらぶらしていた月読様はお腹を空かせていました。」
「磐長姫…いきなり辛辣な…。まあ事実だけどね…。」
「お腹が空いたため、竹やぶの中でぽつりとつぶやきました。『たけのこが欲しい』と。すると、月読様の神パワーでいたるところにたけのこが生えてきて、月読様はそのたけのこでお腹いっぱいになりました。」
「へえ…神様って便利だな。」
「しかし、一つ問題が起きてしまいました。」
「問題?」
「月読様がイケボすぎたのです。」
「?」
「竹やぶの中の一本が何やら勘違いをしたようで、竹が孕みました。」
「!?」
「『たけのこが欲しい』を『お前の子が欲しい』と勘違いしたのでしょうね。」
「はらみ…って何?」
妹のぱせりが尋ねる。こんなバカでお下品な話になるとは思わなかった。俺はぱせりをこの場に同席させ、話を聞かせたことを後悔した。
「端的に言うと、月読様が竹を妊娠させたのです。」
「…僕はやってない…竹が勘違いしただけだ…。」
というのは当事者ツクヨミさんの弁なので本当なのかどうかは疑わしいところだ。
「つーかそれよく認知しましたね…。」
マサルが言う。その意見には俺も同感だ。声を聞いて勝手に妊娠したのをよく認知したものだと思う。
「仕方ないだろう…。ことの発端は一応は僕だから責任はある…と思う。」
「最初は月読様も『竹が孕んだのに気が付かなかった』とか言っていて、放置していたそうです。ですが、人間の夫婦にご息女が拾われ、成長すると、次第にそのご息女は神パワーを発揮するようになりました。神パワーでなにやら朝廷サークルの姫的な存在にもなっていたようです。」
「なんか…面倒くさそうな性格の女な気がする…。」
「このままだと天手小町とかにいろいろあることないこと書かれてしまうと危惧した月読様は、仕方なく人間たちからご息女を引き取ることにしました。でも月読様はご存知のように神の業務を放棄した甲斐性なしのぷうですので、自分の代わりにご息女を育ててくれる神を探しました。」
「なんか今日のイワナガヒメさんやたら毒を吐くな…。」
多分、独身なのに子育てトークをしなければならない状況に腹を立ててのことだろうと思う。
「そして、子育て経験のある神ということで、私の妹の木花咲耶に白羽の矢が立った、というわけです。そして、妹も『女の子が欲しかった。男の子はガサツで嫌だわ』などと言って軽々しく引き受けました。それが、今からおよそ1000年前のお話です。」
「へえ…何か色々と大変そうだってのはわかった。でも、確か木花咲耶さんって国内最強クラスの火の神様って言ってなかったっけ?」
確かつい最近そう聞いた気がする。木花咲耶さんが居る限り富士山は噴火しない、とか。
「はい、確かにその通りです。ですが…いろいろと偶然が重なり月読様のご息女は今や木花咲耶以上の力に成長しています。」
「偶然?」
「そんなことになってしまった理由は三つあります。
一つ、ご息女が神殺しの火神の名前を受け継いでしまったこと。
一つ、火のパワースポット富士山で長期間過ごしたこと。
一つ、近年世界的に有名になってしまったこと。」
「うん…?世界的に、有名になった?」
「はい。神の力は信仰により増幅します。月読様のご息女の名は──」
──────
「あんた…何者…?」
葛葉は目の前の少女に名を問う。
「人の名前を聞くなら、自分から自己紹介するべきだと思うの…。」
「私は黄泉の国の姫、葛葉姫。さあ答えなさい、あんたは何物なの?」
少女は笑みを浮かべ、その口元を袖で隠した。
「ふふ…くずはちゃん。良い名前ね。ねえ、私の友達になってくださらない?」
「…ふざけてるの?質問に答えなさい。」
「怒らせた?ごめんなさい。まだくずはちゃんの質問に答えていませんでしたね。私は火俱耶。かぐや姫──」
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