第五章 それはサイコの物語
第52話 炎の姫君
─深夜、富士山頂の神社にて
木花咲耶姫は大きく嘆息した。
「あの子ったらこんな書置きを残して…。しかし、あの子の力は短期間で強大になりすぎました…もはやこの私ではあの子を止められない…。こうなってはあの方が無事であることを祈るばかりです。」
─同時刻、葦原町上空にて
葦原町は都心にほど近いが、自然が多く、平屋建ても集合住宅も多い典型的なベッドタウンだ。そんな葦原町の上空に謎の発光物体が浮遊している。誰もが寝静まった真夜中ゆえに、誰もその発光物体に気がつく者は居ない。
発光しているのは、天女の帯のような布状のひらひらしたものだった。しかし、それは布ではなく、炎。浮遊しているのは炎の帯を身にまとった十代後半の女の子。
「この町にあいつが居るのですね…」
女の子はぽつり呟き、地上へと降りて行った。
──────
俺、堀 大和は三分割に斬られた後、地獄めぐりを経て黄泉の国に幽閉され、そして蘇生した後、何の変哲もない高校生生活に戻った。ああ、平和とは何とすばらしいことだろうか。
「ヤマト!今日ヤマトの家に行ってもいい?」
話しかけてきたのは幼馴染の女子高生ミカド。
「部活はいいのか?」
「今日は休み!この前シオツチのおじさんにタカラガイコレクション見せてもらう約束をしててさー」
シオツチのおじさんこと塩土老翁は、居候している俺の婚約者(仮)のオタマ(小玉姫)のお目付け(血縁上は姪にあたる)として、しょっちゅう俺の家に入り浸っている。一応オタマお目付けを自称しているが、オタマの父親のオオワタツミさんの海底宮にいると、お菓子の買い出しなどを指示されるということで、外に出ていた方が気が楽なのだろう。
「タカラガイ?」
「きれいな貝殻のコレクション。この前ハワイに行ってからちょっと興味が出てね」
「貝殻コレクションか。海の神様のシオツチのおじさんのコレクションなら大層なものなんだろうな。ああ、構わないぞ。」
「夕ご飯も食べてくからよろしく!」
「厚かましいな…。」
「俺も久々にヤマトの手料理が食べたくなってきたな…俺もヤマトの家に行くぜ。」
同調したのは親友のマサル。実家がお寺で、先に俺が三分割に斬られて殺された時には俺の葬式を形式上あげてくれたということだ。
「今日は大人数になるな…俺、妹のぱせり、オタマ、シオツチのおじさん、ミカド、マサル、そんでクズハか。7人分か、こんだけ大人数だとカレーでいいか」
なお、オタマのペットのマカラのマーちゃんは余った生ごみを処理してくれるありがたい存在で、居候の中で一番貢献度が高い。
「クズハっちは今日補習で遅くなるかもだってさ。」
「あいつ黄泉の国でもイワナガヒメさん…山石先生に赤点を責められていたそうだからな…。俺はスーパーでカレーの具材を買ってくから、ミカドとマサルは先に俺の家に行っててくれ。ぱせりかオタマのどっちかは居るだろ。」
なお、イワナガヒメさんに破壊された我が家はまだ建築中。絶賛仮住まい中だ。
「りょーかい!」
*
二人とは駅前で別れ、俺は一人何カレーにするか考えながらスーパーに向かった。と、視界の端に何か妙なものが映った。二度見をすると、それは俺と同じくらいの歳の女の子。美しく長く伸ばされた黒髪に、前髪パッツンの美少女。しかし、服装が妙だ。
(なんだ…あの子…着物…?)
着物と言えば着物。でも一般的に俺たち現代人が思い浮かべる着物とはちょっと違う。平安テイストとでも言おうか、百人一首の挿絵のお姫様が着ているような、日本史中世代の着物を着ている。
(あまり関わり合いにならない方が良さそうだ…。)
俺は反射的にそう思った。なぜなら、先日はフツヌシという神様に斬殺されたばかりだからだ。と、彼女を見ないように視線を前に戻す。
…と、なぜかその少女は俺の目の前で、俺の顔をまじまじと見つめていた。
「ゲェー!食べないでください!」
あまりにびっくりしてしまったので、ついそんな言葉が口をついた。
「食べません…。あなたから何か感じたのだけれど…あなたじゃない…。」
「俺、じゃない…?」
「探しているの。探しているのは、人ではない、神。私のただ一柱、かけがえのない…親。」
「親…?」
俺も神様に知り合いは多いが、神様の家族関係はやたら複雑でよくわからない。
「あなたはただの人。関係なかった。」
俺が戸惑っていると、不思議なその少女はふらりとどこかへ行ってしまった。
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