第32話 大和三分の計

「あれっ…?死んじゃった。」

「そうだね。人を三分割に斬ると死ぬよね。人間からすれば当たり前のことなんだけどね。」

 俺の眼下には、無惨にも三分割にカットされた俺の肉体が転がっていた。察するに、今の俺は幽霊状態のようだ。我ながら冷静な分析だ。


「まあオレのせいじゃないから別にいいか…それじゃあオレは帰るね。」

「おい待て!俺をこのままにしていくんですか!?」

「オレじゃない。天照様がやれって言った。しらない。すんだこと。」

「おまえーっ!俺が死んでんねんで!」

「天照様が責任持つって言ってたから苦情は天照様に言ってくれ。それじゃ!」


「待て、経津主フツヌシ。」

「うん?オレを呼び捨てに…月読ツクヨミ様!?」

「あっ、夏休みの終わりの銀髪の人!」

 そこには夏の終わりの夜に出会った銀髪の青年が立っていた。ツクヨミ…ということはあの有名な神様じゃないか。シオツチのおじさんは「何もしない神」と言っていたけれど。


「やあ大和…いやぁ、やられちゃったね。」

「あー…アドバイス通り全力で逃げたんですけどね…。やられちゃいました。それにしてもあなた有名な神様だったんですね。」

「名ばかりだけどね。経津主…とりあえずどういうことか説明してもらおうか。…っと、ちょうど直接の関係者も来たようだ。」


「大和様!…大和様の霊圧が消えて駆けつけてみればこれは一体…。」

「やあ磐長姫イワナガヒメ。ひさしぶりだね。」

「月読様…。お久しぶりでございます。」

「その節は君の妹には迷惑かけたね。すまないと思っている。」

「いえ、木花咲耶コノハナサクヤもあれでなかなか喜んでいると聞いています。ただ、たまには顔を見せに行ってあげてください。」

「…あー…その話はまた今度にしようか。それより経津主、これはどういうことだ?」


「えー…かくかくしかじか。」

 フツヌシさんはさっき俺に説明したのと同じことを銀髪の…月読さんとイワナガヒメさんに話した。


「姉さんも武甕槌タケミカヅチも相変わらずだね…姉さんは引きこもり気質で常識がないし、武甕槌は脳筋だ。」

「とりあえずここに座している実行犯の経津主をボコボコにしますが、構いませんね?」

「存分にボコボコにするといい。」

「あっ…オレ言われてやっただけなんで…勘弁してください。」

「勘弁しません。…私の婚期をなんだと思っているのですか?」

 そう言うとイワナガヒメさんは、俺の家を破壊した時のように腕を岩の手甲で武装してガッツンガッツンとフツヌシさんを連打し始めた。フツヌシさんも死んだかもしれん。あれよりは楽に死ねた俺はむしろラッキーだったのだろうか。


「…ところで俺はこれからどうなるんでしょう。」

「僕も反魂の術の心得はあるけど…肉体がこのザマでは無駄だな。魂を戻してもすぐにまた死ぬ。」

「となると…黄泉の国行きですか。短い人生だったな…。」

「いや…まだ手はある。僕もできる限りのことはしてみるつもりだけど…しかし、君の魂はそろそろお迎えが来てしまうな。」

「お迎え…?あっ…!?なんか下に引っ張られる…!?助け…ぬわー!!!!」

「大和。よみがえりたければくれぐれも黄泉の国の食べ物は食べないことだ。食べたらもうこっちには戻れなくなるからね。希望を捨てるな─」

 地面に吸い込まれた俺は目の前が真っ暗になり、月読さんの声も聞こえなくなった。


──────

「大和…行ってしまったか…。」

「月読様…まだ手はある、と仰せでしたが…。」

「ああ…しかし、このままだといずれ黄泉の国行きになって幽冥界の姫に婿入りさせられてしまう。さらに、大和の魂も黄泉の国から救出しないとならない。」

「いったいどうすれば…。」

「まずは時間稼ぎだ。少しでも大和の黄泉の国入りを遅らせる。磐長姫、まずは葬式の準備だ。」

「葬式…ですか?それって手遅れなのでは…。」

「葬式をすることで時間稼ぎができる。あとは…」

「オレ帰ってもいいですか…?全身痛いんですけど…。」

「ダメだ経津主。お前にも役立ってもらう必要がある。ひとまずこの大和だった肉塊を彼の家に運ぼう。」


 *


「お兄ちゃんが…死んだ…そんな…うわーん!」

「ぱせりちゃん。まだ手はある。成功するかはわからないけど…まだ泣くのは早い。あと、実行犯の経津主は磐長姫がボコボコにしておいたから。」

 経津主は部屋の隅でぐったりしている。

「経津主…顔がボコボコになっていて私でも一瞬わかりませんでしたぞ。これはむごい…。」

「そういえば塩土老翁シオツチノオジは経津主とは昔馴染みだったね。君からもきつく言っておいてくれ。」

「その前に手当ですな…。」

「いやー…ひどい有様っすね…。」

 反面、まだ家に残っていた菊理姫ククリヒメはお茶を飲みながらくつろいでいた。


「月読様、お寺の息子のマサルさんを呼んできました。」

「ヤマトが死んだって本当か!?」

「ああ、大和の友達かい?大和は死んだ。経津主が殺した。」

「もう堪忍してくだい…。反省してます…。」

「塩土老翁さん、ありったけの塩を傷口に塗り込んでやってください。」

「磐長姫殿…少し落ち着いてくだされ…。」


「というわけだから、お寺の所属のキミに大和の葬式をあげてもらいたい。」

「というわけだから、って…そりゃ親父の手伝いはしたことあるけど、オレ一人じゃ完璧には…。」

「適当でいいんだ、適当で。」

「良くはないでしょ…。罰が当たりますよ。」

「いや、適当でも『仏式で』葬式をあげることが大事なんだ。それで大和の黄泉の国行きを遅らせることができる。」

「なるほど、そういうことでしたか。」

「山石先生…どういうことだってばよ。」


「仏式で葬式をあげることで、大和様の魂は神道における死後の世界の黄泉の国ではなく、仏教的な死後の世界に行きます。」

「死後の世界っていろいろあんのか…行ったことないからな…。」

「イワナガさん、おかーさんは普通にお葬式をしたけど、黄泉の国に行ったのはどうして?」

「ぱせりさん、瑞穂様は本来は死の定めになかった人間で、大国主さんと直接契約を交わしたためです。ですから、黄泉の国に魂が優先されます。今回大和様は特に契約していませんから、仏式でお葬式をしてしまえば、仏教観の死後の世界に魂が優先されます。」

「黄泉の国的にも大和を引き渡すよう交渉をするだろうから悠長には構えてられないけど…あの世もあの世でお役所仕事でいろいろ手続きがあるらしいから多少の時間稼ぎにはなる。その間に僕らは大和の魂を奪還する手を打つ。だからマサルくん、大和にお経をあげてやってくれないか。」


「わかりました…。けど初めての葬式が親友の葬式になるとはなあ…。」

「良い勉強ですよ、マサルさん。」

「そんじゃまあ、お葬式の準備しますか…。ヤマト、無事でいろよ…。」

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