野球しようよ① 鯉唄

 オタマの制服は、まだ主が袖を通せずクローゼットの牢名主となっている。大人への変化能力は一朝一夕では難しいようだ。シオツチのおじさん曰く、神の成長には「心・技・体」のバランスが重要らしい。


「スポーツの秋、とも申しますし、小玉姫も少しは運動してはいかがですかな。健全な精神は健全な肉体に宿るものですぞ。」

「運動は苦手なのじゃ…。」

 ううむ、この子は一体何が得意なのだろう。



「てぇへんだ、てぇへんだ!ヤマト居るか!?」

「サル…いきなり押し入ってきて何の用だ?」

「あっマサルくんだ。」

「ぱせりちゃんチッス!…おっと、そのちっこい子がこの前言ってた居候の子か?すげー…しっぽが生えてる!」


「大和、この無礼な奴は何者なのじゃ?」

「幼なじみのマサルだ。」

「ほう、大和の友人か。大和はわらわの旦那になる予定じゃから、今後ともよしなにな。」

「(チラッ)…ヤマト、大変だな…。」

「なっ…なんなのじゃその微妙な表情は!無礼者ーっ!」


「まあオタマは放っておいてどうしたんだ。えらい慌てっぷりだったが。」

「それが──」


 *


「なるほど、親父さんの草野球チームが食中毒で全滅、と。」

「いや…俺以外に一人は無事だったんだけど、再来週の隣町との試合には間に合いそうにないんだ…。そこで大和、すまんが協力してくれ!」


「小学生の時に取った杵柄で構わないが…隣町の試合ってあれだろ、確か秋祭りの日程を決めるっていう…。」

 スポーツの秋、そして秋祭りの秋。俺たちの「葦原町(あしはらまち)」と隣町「稲尾町(いなおちょう)」は、毎年秋祭りの時期が被って潰しあわないように、伝統的に草野球で勝った方が日程の決定権を持つという決まりがある。俺たちの町の代表チームは、祭りの仕切りでもあるサルの寺の親父さんがリーダーをしているのだ。


「ああ…親父としては不戦敗だけはプライドが許さないらしくてな…。」

「わかった。俺で良ければ力を貸すよ。でも野球も久々だからな…あまり期待はするなよ。それで、あと人数は何人必要なんだ?」

「ミカドと藪江やぶえくんには声をかけたから…あと4人だな。」


「藪江くんか!懐かしいな、確か野球の名門校に行ったんだよな。」

「ああ、監督に気に入られてほぼレギュラー確約らしい。」

「…名門校なのに学校の方の練習は不参加でいいのか?」

「ああ。なにやらエースが練習に行かずに虫歯が治らずにずっと歯医者に通ってたり、一週間丸々彼女とデートしてたり、ひたすらミーティングしかしてなかったりするのに、それでもOKっていう自由な方針だから大丈夫らしい。」

「へー…そりゃ自由だな…。天野もソフト部のエースだし野球も心配なさそうだな。」


「おっと、野球ならわらわも大好きなのじゃ!」

「オタマが?意外だな。」

「わらわのホームグラウンドはお土地柄、野球愛が深いのじゃ。野球好きの神友カミトモも沢山いるのじゃぞ。」

「へー、オタマさんも友達の神様も野球が好きなのか。ちょっと親近感が湧くな。」

 野球ファンのサルが話に乗ってきた。この二人、案外気が合うかもしれない。


「うむ。神友の宗像三女神(むなかたさんにょしん)たちがおみくじを引くと、必ずわらわたちの贔屓のチームが勝ちという結果が出るのじゃ。わっしょいわっしょい!」

「さてはオメーらカープ女子だな!」

宗像三女神むなかたさんにょしんの皆様方は元々福岡の方の神ですが、広島での信仰が厚いですからな。」

 シオツチのおじさんがすかさず補足した。

「ばんざーい!ばんざーい!」

 …もしかしてオタマの語尾は広島弁が混ざってあんな語尾になってるのだろうか…考えすぎか。


「…で。オタマは野球観戦は好きみたいだけど、実際に野球をプレイしたことはあるのか?」

「ないのじゃ。」

「だよな。明らかに運動不足だもんな。」

「いや、ルールがわかるなら話が早い。オタマさんもやってみないか、野球。」

「むうぅ…野球は見る選じゃからのう…。」


「大和殿のご友人!ナイスアイディアですぞ!これは運動不足の小玉姫に運動させる絶好の機会!人数が足りないなら私めも協力を惜しみませんぞ!」

「シオツチのおじさん…あんたも野球好きなのか。」

「私のホームグラウンドの東北でも近年野球人気が上がっていますからな。」


「話は聞かせてもらいました。やはり野球ですか…私も同行しましょう。」

「イワナガヒメさん…どこから出てきたんだ…。」

「大和様が困る気配を感じ飛んできました。」

(困ってるのはサルで俺は別に困ってないんだけどな…。まあいいか。)


「すごいぞヤマト。山石先生も力を貸してくれるならこれで残るメンバーはあと一人だ。」

「お兄ちゃん、クズハさんに連絡したらオッケーだって。」

「妹よ、なんでクズハと連絡を取っている。」

「この前クズハさんが冥界通信機を置いてってくれたんだよ。これでお母さんといつでもお話できるし、最近は夕飯ができたらこれでクズハさんを呼んでるんだよ。」

「最近あいつ夕飯ができる時間ぴったりに来るぁと思ったらお前が呼んでたのか…なんでそう気軽に兄の命を狙ってる子を夕飯に誘うかな!?」


「よっし、とりあえずは頭数が揃った。じゃあ土曜に河川敷球場で顔合わせな。」

「サル待て!このメンバーでまともに試合になるのか!?」

「なァに、それも土曜に確認するさ。」

「何か猛烈に不安なってきたのじゃ…。」

「それ俺のセリフな…。」

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