第27話 いざ進めやキッチン
「小玉姫!幸運にも良い大宜都姫(オオゲツヒメ)殿と保食(ウケモチ)殿の肉体の一部が手に入りましたぞ!」
「でかした叔父上!活きのいい生首なのじゃ!」
キッチンから不穏なフレーズが聞こえてくる。
「…『活きのいい生首』ってなんだよ…。ぱせり、食べたいピザ選んでおいてくれ。俺はちょっと様子を見てくる。」
「おーいオタマ、どんな具合…いやああああああああああぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」
キッチンではおよそ理解し難い光景が広がっていた。
「なんじゃ大和、つまみ食いはダメじゃぞ。」
「やあ大和殿。今日はぶりのお刺身とぶりしゃぶで良いですかな。ちょうど今しがた活きの良いぶりが吐き出されたところですぞ。」
見ると、生きたブリが元気に床の上を飛び跳ねている。ブリは出世魚で80センチ以上のものをブリと呼ぶそうだが、なるほど、これは立派なブリだ。旬には早いが、鮮度がよくきっと美味しいのだろう。
ブリン
シュポン
ビチィッ
そして今ここにもう一匹、新たなブリが誕生した。そのブリは、キッチンのシンクに置いてある生首から吐き出されていた。
「ブリをまるまる捌くところから始めるのは難易度高すぎなんじゃないかな…。俺もこんな大型の魚を捌いたことはないぞ…。と言うか、オタマ…この生首はどちらさんのだ…。」
「保食神(ウケモチノカミ)さんなのじゃ。」
「
「そうか。ではその食物をつかさどる神様がなぜ生首なんです?」
「うむ、
「ちょっと待って。なんで食べ物が口から出るの。ゲロだよねそれ。」
「神的にはそういうものなのですぞ。…まあ結局のところ
「ちなみにそのボウルの中の
ボウルに目をやると、なにやら丸い物体から米が湧きだしていたが、その物体が何なのかを脳が認識する前に視線を外し、考えないようにした。俺たちが普段食べているものはもしかすると彼ら食べ物の神様たちの尊い犠牲のうえに成り立っているのだろうか。
「本当は
「
うわー聞きたくない。
「…人間の感覚で言わせてもらうと、もはやサイコホラーなので、その神様の肉片たちはもう返してきてくれませんか…。」
こんなスプラッタな現場は、とても妹には見せられないな…。
「ふむ…確かにもう十分でしょうな。ブリ2匹も多すぎますな。ついでに1匹海に返してきましょう。」
*
シオツチのおじさんが神様の肉片とブリ1匹を返却し、キッチンに平和が訪れた。
「お兄ちゃん、どうだった?」
「…ブリを捌いて刺身とブリしゃぶにするらしい…。火も使わないし、シオツチのおじさんが居るからとりあえずは大丈夫かな…。」
「いいね!ブリはおいしいもんね!」
あの異常な食材調達光景は絶対に黙っておこう。…そして、時折絶叫が聞こえてくるあたりやはり若干不安だ。
「小玉姫!食材を切る時は猫の手ですぞ!危なっ…ちゃんと押さえて切ってくだされ!!」
ドカッ ガランガラン
「この野菜も活きが良いのう!暴れるでないのじゃ!」
↑野菜を切ってるらしい。
「にゃあああああああああああ!!!!血がっ!血が出てるのじゃああああああ!!!!」
「小玉姫!魚から血が出るのは当然ですぞ!」
「清めたまえ!清めたまえ!」
「そんなに水術をぶっぱなすとせっかくの油が流れてしまいますぞ!」
↑魚を捌いているらしい。
「内臓!内臓がグロいのじゃああ!!!!」
「内臓もちゃんと処理をすればおいしく食べられるのですぞ!まあ今回はマーちゃんに処分してもらうとしましょう。」
「メ~。」
↑喜んでいるらしい。
*
「大和殿!お待たせしましたな、料理ができあがりましたぞ!さあしゃぶしゃぶ用の鍋の用意をしますぞ。」
「…。」
オタマは精も根も尽き果てているようだ。魚を捌くのは気力も体力も必要だからな…まして大型のブリともなれば。
「大和ー!ごはんできたー?」
ちょうどクズハもやってきた。最近夕飯ぴったりに現れるのはなぜだろう。
「ああ、今日はオタマが夕食を作ってくれたんだ。」
「わにちゃんが!?じゃあクズハも今度根の国の食材で料理を─」
「作らんでいい!やめろ!」
「出雲にも櫛八玉神(クシヤタマノカミ)さんっていう料理の神様がいるから楽しみにしててね!」
(その
おじさんが手際よく食卓にブリの花を咲かせていき、ぱせりが炊き立てのご飯を人数分用意する。
「これはおいしそうだ、オタマ、よく頑張ったな。」
「おいしいブリだね!このブリどこ産?」
いただきますの前に、すでにクズハは刺身をつまみ始めていた。つられるように、俺たちも食事を始める。
「確かにうまいブリだ。どこ産かはともかくな…。おじさん、アラが余ってたらブリ大根も食べたいな。」
「…もう料理はこりごりなのじゃが…。」
「小玉姫の初めての料理はほろ苦い大人の味でしたかな。」
「大丈夫、ブリ大根は俺が作るよ。」
「…大和が作るなら…わらわもちょっとだけ手伝っても良いのじゃ…。」
「ああ、頼むよ。いっしょに作ろうな。」
ぐうたらなオタマも、料理を通じてちょっと成長したのかもしれない。
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