第14話 彼氏とその家族の事情

「──先ほどから山陰地方で発生している群発地震の情報です。現在のところ被害は確認されておりませんが、沿岸部の皆さんは引き続き津波に警戒してください──」



「テレビも新しく買わないとなぁ…。」

 父さんがラジオから流れてくるニュースを聴きながらそう言った。

 崩壊した(破壊された)我が家は一旦解体し建て直すことになった。そして今は家族「4人」で仮住まいに腰を落ち着けている。


「おかーさんはいつまでこっちに居られるの?」

「お盆が終わるまでね。次はお彼岸の頃にしようかしらね…。でも黄泉の国では仏教の風習は理解され辛いから…お正月にまとまってお休みをもらった方が良いかしら。どう思う?あなた。」

「瑞穂の都合の良い方でいいよ。君の都合に合わせて僕も家に帰ってくることにするから。家族4人で食事でもしよう。」

「あなたごめんなさい…黄泉の国の食べ物を一度食べてしまうと、普通の食べ物は食べられなくなってしまうみたいなの。だから私はもう現世の食べ物は一緒に食べられなくて…。あっ、でも葡萄とかたけのこはママ友の黄泉醜女(ヨモツシコメ)さんたちが大好きだって言ってたから食べられるかも…」

「そうか…ヨモツヘグイというやつか…葡萄もたけのこもどちらも微妙に時期がずれて難しいなぁ…。」


「ところで父さん母さん。下手したら俺も黄泉の国に連れてかれそうなんだけどそのことについてはどうすればいいんだろうか。」


■母の意見

「クズハちゃんねぇ…根はやさしい子なのよ。」

「うん、根がやさしい子は人を殺そうとはしないよ?」

「お琴も上手だし…よく気が利く子だし…きっと良いお嫁さんになると思うのよねえ…。」

「剣を振り回す女の子との結婚生活は想像がつかないな…。」

「そうそう、大和にプレゼントだって預かっていたものがあったわ!」

「うん、何であろうといらないから持って帰ってくれ。」

「はい、名物の黄泉まんじゅう。ぜひ大和に食べて欲しいって!」

「うん、ありがとう。捨てるね。」

「あらあら…もったいない。」

「いや母さんさっき黄泉の国の食べ物食べると現世の物食べられなくなるって言ってたよね!?」



■父の意見

「父さんは磐長姫さんは顔は怖いけど良い娘さんだと思うな。」

「まあ守ってもらったしね…。でも重いよね…あのヒト。正直キツイぞ。」

「富士山が噴火するのも困るなぁ…。せっかく家を建て直すのに。」

「そういえば家の建て替え費用は大丈夫なのか?」

「ああ、磐長姫さんからお金が振り込まれてたから大丈夫だ…見たことない額を。さすが神様だなあ。」

「おい、いくら振り込んでもらった…いや、やっぱり言わなくていい。」

「そういえば明細に『シタクキン』って書いてあったなあ。」

「…使わない分は返金しろよな!絶対だぞ!」



■妹の意見

「私はオタマちゃんがいいと思う!」

「ぱせりの意見は聞いてない!宿題でもやってろ!」

「宿題は全部終わっちゃったよ。オタマちゃんと居たら家族が増えたみたいで楽しいし!」



■当人の意見

「で、大和はどうなんだ?三人の娘さんの中で誰がタイプなんだ?」

「どうなんだ、も何もないよ…もうわけがわからないよ…。結婚って、もっと、こう重要な決断だと俺は思うんだが?」

「でもお兄ちゃんはオタマちゃんのお父さんとは約束したんだよね?」

「ぐっ…あれはその場しのぎで…。約束しないと殺されるところだったんだぞ…。」

「父さんも大和が産まれる時に約束しちゃったからなあ。」

「それは俺が知らないことだ…でもその約束がないと俺は産まれてこられなかったというのはあるし…。頭が痛くなってきた…胃も…ちょっと外の空気を吸ってくる…一人にしてほしい…。」


────────

 外に出ると、今日も真夏らしい強烈な暑さとセミの合唱が襲ってきた。できれば頭を冷やしたかったのだが、この環境下だともっと頭が痛くなりそうだ。


「俺はどうすればいいんだ…。逃げたい…いや、神様だからどこに逃げても無駄かな…なんか山羊の乗り物もすごかったしな…。いっそ死んじゃおうか…いや死んだらそれこそ黄泉の国行きでクズハの思うつぼじゃないか…。」


 ぼーっとした頭であれこれ考えるが、思考がどんづまりになる。こんなことがなければ今頃は一般的な高校生と同じく夏休みという青春の一ページを謳歌しているはずだった。

「夏休み、か…。サルは京都に行くって言ってたし、天野はハワイに行くって言ってたっけ…。俺もどっかに行っちゃいたいなあ…。」


 仲の良い学友のことを考えていると、ふと閃いた。

「…待てよ…?もしかして、逃げ場、あるぞ。」



「父さん!母さん!ぱせり!今から俺は逃げるぞ!探さないでください!あと、後で連絡入れるから心配しないでください!」


玄関から家族に向かってそう怒鳴り、俺は自由へ向かって真夏の太陽の下を駆け出した。

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