第十二章 その二 連邦ビル爆破
実直な性格であるが故、長年にわたって法務長官を務めて来たケラミス・ラストは、ザンバース達が来るのがあまりに遅いため、腹を立てて会議室を出た。そして、総裁執務室がある五十階へ向かうべく、エレベーターホールを目指した。
「どこまで我々を舐めているのだ、あの男は!」
ラスト長官は、イライラしながらホールに着き、エレベーターが下がって来るのを待った。そして、扉が開くと、そこにはザンバースとマリリアがいた。ラストはハッとして退いた。ザンバースも、思ってもいない人物が目の前に現れたので、ギョッとしていた。
(何故このジジイが、こんなところにいるのだ?)
しかし彼はそんな心の内を一切顔に出さず、
「どうしたのかね、長官?」
ラストも腹立たしさを飲み込んで、
「総裁代理がなかなかいらっしゃらないので、お迎えに上がろうと思って、ここまで来たのです」
「そうか。それは手間をかけたね」
ザンバースはマリリアを先にエレベーターから降ろし、自分も出た。エレベーターが彼の後ろで扉を閉じ、更に下へと動いて行く。
「さァ、参りましょう」
ラストは会議室へと歩き出した。
「うむ」
ザンバースは腕時計に目を落とす。
(あと一分か)
彼はマリリアをチラリと見た。マリリアはそれに応じて頷く。ラストはそんな二人に気づかず、スタスタと歩いて行く。
そして、廊下の角を曲がった時だった。周囲に轟音が唸り、床、壁、天井の全てが揺れ、目の前に炎が現れたかと思うと、強烈な勢いで黒煙が襲いかかって来た。
「どうしたんだ、何事だ?」
ザンバースはそう叫び、辺りを見渡すフリをした。ラストがハンカチで口を覆いながら、
「この先で爆発があったようです……」
と目を細めて言った。
「何!?」
揺れはやがて収まり、煙も引け始めた頃、エレベーターが上がって来て、扉が開き、報道関係者が雪崩を打ったように飛び出して来た。
「どうしたんです? 何があったのですか?」
皆が異口同音に叫んだ。
一方、連邦ビルに向かっていたレーアも、会議室の窓ガラスが割れて、火の手が上がったのを見て驚愕していた。
「パパ!」
彼女は自分が今ここへ何をしに来たのかも忘れ、走り出した。誰が知らせたのか、消防隊と警察、警備隊が駆けつけた。
「まさか、パパが……」
レーアはザンバースが爆発に巻き込まれたと思い、蒼ざめた。
「おい、あれは会議室の辺りじゃないか? 一体どうしたんだ?」
遅れて到着したザンバース派の閣僚達は、度肝を抜かれてビルを見上げた。彼等は、レーアがその間をすり抜けて行ったのも気づかないほど呆然としていた。
(パパ!)
レーアはビルの中で職員達が怒鳴ったり逃げたりするのをかわしながら、エレベーターに走った。
「一体何があったんです?」
報道関係者達は、警官や警備隊員に制止されるのを押しのけながら、口々に叫ぶ。しかし、ザンバースは首を横に振り、
「まだ何もわかっていない。消防隊員がたった今中に入ったところだ」
まもなく、消防隊員達が中から担架で長官達の遺体にシートを被せて運び出して来た。人間の身体が焼け焦げた臭いが辺りに立ち込め、報道陣の中には吐き気を催す者もいた。
「酷いな……。ガス爆発とかの類いじゃないぞ」
テレビユーロのディレクターが呟く。ザンバースは、報道陣を見渡して、
「当たり前だ。これは私に対する急進派の挑戦だ。あるいは、赤い邪鬼かも知れんがね」
「じゃあ、爆弾が仕掛けられていたのですか?」
ソーラータイムズの記者が尋ねた。ザンバースは彼を見て、
「そうとしか考えられんよ。とにかく、今はこの程度しか話せない。後は夜になってからだ。大記者会見場でお待ち願いたい」
ザンバースはその時、報道陣に紛れて、けばけばしい化粧で、派手な服装の若い女がいるのに気づいた。
(何だ、あの女は?)
一瞬、ディバート達の仲間かと思ったが、すぐに思い直した。
(レーアか。何故ここに?)
「総裁代理、何があったのです?」
記者達をかき分けて、医療省長官のシビリス・ドンガルと農務省長官のグレム・キャスパーが現れた。ザンバースは彼等を見て、
「爆弾が仕掛けられていたらしい。私ももう少し早く着いていれば、吹き飛ばされていたよ」
「そうでしたか。私達も、渋滞に巻き込まれていなければ、同じでした」
ドンガルは、今初めてザンバースが遅れて来るように命じた理由を知り、戦慄した。
「私も、総裁代理をお迎えに上がらなければ、死んでいたろう」
ラスト長官が呟いた。ザンバースはラストを横目で見て、
(とんだ計算違いだ。こいつは、他のエスタルト派の連中と共に、別の方法で始末しなければならんな)
彼はレーアの事を思い出して報道陣を見渡したが、彼女の姿はなくなっていた。
(パパが仕組んだのね。あの落ち着きようは、そうとしか考えられない)
レーアはエレベーターの中で考え込んでいた。エレベーターが止まり、彼女はハッと我に返る。
「お嬢様、服装はそれでよろしいですけど、お顔のお化粧は感心しませんね」
扉が開き、マリリアが乗って来てそう言った。レーアはギクッとして彼女を見上げた。扉が閉じ、再びエレベーターが動き出す。
(この女狐(めぎつね)!)
レーアは、マリリアが嫌いだ。ザンバースに色目を使っているのを知っているからだ。しかし、ザンバースが彼女を自分の愛人にしているのは知らない。パパはママに一途。レーアが今でも信じている事だ。
「お気づきのご様子ですが、あの爆破事件は、貴女のお父様が仕組まれた事です」
「やっぱり……。どうしてあんな事をしたの?」
そうだとは思っていても、実際にそれを指摘されると、レーアは悲しくなった。
「政敵を消すためです。故エスタルト総裁派は、大帝にとって危険な存在なのです」
マリリアは不敵な笑みを浮かべて言った。
「大帝? 父の事?」
「そうです。大帝とは、貴女のお父様の事です」
マリリアの微笑みは、冷たく、恐ろしかった。レーアは顔を背けた。マリリアは更に、
「貴女はお父様のなさっている事をしっかりと見届けなければなりません。それが貴女に課せられた使命なのですからね」
その時、扉が開いて、マリリアはエレベーターを降りた。レーアもそれに続いた。
「私に、父の事を見ていろと言うの?」
「そうです。それが貴女の定めなのです。その事をお忘れにならないように。では」
マリリアはサッと身を翻すと、廊下を歩いて行った。レーアは、
(嫌な女だけど、綺麗だな)
とつい見とれてしまった。やがてハッと我に返り、彼女は連邦ビルを出た。
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