第十二章 その一 レーアの変装

 月面支部政府知事アイシドス・エスタンの監禁事件発生により、月面支部の住民達は一斉に住居を離れ、シャトルで月を発ち、地球へと避難し始めた。

「これで月に残っているのは、我々と貴方だけですね、知事」

 警備隊員がニヤニヤしながら言うと、エスタンは、手錠をかけられながらも彼を睨みつけ、

「このままうまく行くと思っているのか、君達は?」

「それほど楽観的ではありませんよ。我々とて、先の先まで読んで行動するくらいの心得はありますからね」

 エスタンに手錠をかけた別の警備隊員が言う。エスタンはその隊員を見て、

「君達の仲間が殺害している急進派と呼ばれている人々の組織は、君達が考えているほど脆弱なものではないのだという事を忠告しておくよ」

「それはそれは。ご忠告、ありがとうございます」

 警備隊員達は、揃って敬礼してみせた。

(総裁、これは一体どうした事なのですか……?)

 エスタルトと共に歩んで来たエスタンは、心が揺さぶられるほど悲しかった。


 一方、地球では、朝早く連邦政府の各省庁の長官に会議の召集がかけられていた。

 ザンバースは、自分の派閥に属している長官達には、最低でも三十分遅れて来るように指示していた。指示を受けた長官達は不思議に思ったが、実はこれは、恐ろしい計画の第一歩だったのである。

 事情を知らないケラミス・ラスト法務省長官、サッカス・グレーン商務省長官、キムリス・ノリム労働省長官、エイエス・ゲイト通信省長官、オラト・ダガーン建設省長官、チャロム・キンド財務省長官、トラス・ベラゴ連邦自然保護庁長官、イート・レンダル連邦消防局局長が、連邦ビル十階の閣僚会議室に到着していた。

 秘書官を一切入室させない、更には報道関係者も出入り禁止と言う異例の措置が取られたが、誰も不思議には思わなかった。ザンバースなら、このくらいの事はやりかねない、と誰もが思ったのだ。

 報道関係者達は、二階の大記者会見場で待機しており、会議が終わり次第すぐさま駆けつける準備をしていた。そして、閣僚の秘書官達は、会議室向かいの控え室で手持ち無沙汰そうに待っている。

「出入り禁止とは、早速始まったかな?」

 ソーラータイムズの記者が呟く。テレビユーロのディレクターが、

「らしいな。ザンバースは、警備隊の演習だって、全部メディアシャットアウトだからな」

 また、東アジア州の大手、コンティネント・タイムズの記者が、

「それより、お宅のバンジー記者は一体どうしたかね?」

「バンジーさんか? さァ、どうしているのか……。まだ収監されたままだしね。裁判はいつからなのかわかっていないし」

 ソーラータイムズの記者は、迷惑そうだ。ヨーロッパ州の大手新聞社であるデイリー・アトランティスの記者が口を挟む。

「レーア・ダスガーバンの件、あんたらはどう思っているんだ? バンジーさんは真相報道が売り物のトップ記者だろう? 傍目からは、勇み足に見えたんだけどさ」

「ああ。俺は真実だと思うよ」

 テレビユーロのディレクターが言った。ソーラータイムズの記者は、肩を竦めて、

「トップ記者でも、ちょっと先走り過ぎたって感じがするね。何と言っても、相手は事実上の最高権力者だからねえ」

「時期を誤ったって言うのは、俺も同意見だ」

 コンティネントタイムズの記者が言った。


「会議の開始時間を過ぎたのに、総裁代理はどうしたのだ?」

 ラスト法務長官は苛立って叫んだ。ゲイト通信長官は、

「それに閣僚の中にも、幾人か来ていない者がいる。どういう事だ?」

 しかし、誰も何かあると思わなかった。ザンバース達が会議に遅れて来るのは、いつもの事だからである。


 ザンバースは総裁執務室で椅子に座り、時が来るのを待っていた。マリリア・モダラーはその脇に立ち、ザンバースを見ている。

「そろそろ時間だな。行くぞ」

「はい、総裁代理」

 マリリアは執務室のドアを開き、ザンバースを先に行かせると、自分も続き、ドアを後ろ手に閉めた。


 レーアは、クラリアの服を借り、ケスミー邸のメイドに化粧品を借りて、どぎついメイクをした。そして、髪をボサボサにセットし、邸を出た。

「おはようございます」

 その厚化粧は、レーアが声をかけなければ、庭にいた執事が彼女だとわからないほどだった。

(会議を突然召集して、パパは何を考えているのかしら?)

 レーアはしばらく歩いて、ようやくホバータクシーを拾い、連邦ビルに向かった。

「姉ちゃん、どこの店にいるんだ?」

 タクシーの運転手は、レーアが水商売の女性だと思ったらしい。レーアはフッと大人っぽく(と自分では思っているが)笑い、

「あんたなんか、一生かかっても行けないお店よ」

「ケッ」

 運転手は、嫌な女だ、と思ったらしく、それ以降は何も話しかけて来なかった。

「はい。分相応なお店で遊んでね、オジさん」

 レーアは一アイデアル札を渡してタクシーを降りた。

「このビルの十階よね」

 レーアは前方にそびえる連邦ビルを見上げた。彼女は大股でズンズンと進んだ。近くを歩いている女性は顔をしかめ、男性はおおっとレーアの足に見入った。

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