第四章 その一 レーアの帰還準備

 地球連邦の国営放送である第一放送と第二放送、そしてインターネットテレビ、国営ラジオ放送を通じて、地球全土にレーア誘拐事件が報道された。新聞各紙も、紙面とインターネットサイトを通じてそれを伝えた。

「ドックストンさん、お嬢様が誘拐された事をこのように公表して、大丈夫なのでしょうか?」

 すっかりやつれてしまったマーガレットが、目を潤ませて尋ねる。ケラルはマーガレットの肩に手を添えて、

「大丈夫でしょう。恐らく、犯人達はお嬢様のお命を奪うのが目的ではないでしょうから」

「そうだといいのですが……」

 ケラルは微笑んで、

「旦那様がご指示された事です。ご信頼するのが、私達の務めですよ」

「はい。そうですね……」

 マーガレットは涙を拭って答えた。


 その頃レーアが通っていた高校でも、彼女の誘拐事件は衝撃を与えていた。

「クラリア、大変なことになったわね」

 レーアのクラスメートのステファミー・ラードキンスが言った。レーアの親友であるクラリア・ケスミーは、ステファミーを見て、

「ええ。レーアは大丈夫なのかしら?」

「具合が悪いのでしばらく休むって言う話だったから、見舞いに行ったのに会わせてもらえなかったのは、このためだったのね」

 朝の号外を見ながら、同じくレーアのクラスメートのアーミー・キャロルドが言った。

「何でも、急進派の人達に誘拐されたらしいわ」

 ステファミーが声を落として言う。アーミーが頷いて、

「急進派って、選ばれた者達だけが世界を支配するべきだっていう考えを持っている人達よね」

 するとクラリアが、

「それは偏った考え方よ、アーミー。本当は彼等は急進的な考え方ではないかも知れないのよ。一部の報道を鵜呑みにするのは危険よ」

たしなめた。

 チャイムが鳴った。皆、それぞれの席に着く。クラス担任のヒス女史が入って来る。

「先生、レーアの事、何か連絡ありましたか?」

 レーアに気があるタイタス・ガットが尋ねる。彼は心配であまり寝ていないのか、目の下にクマができていた。ヒス女史も、心なしかやつれた顔だ。

「いいえ。何も連絡は入っていません。連邦政府からは、何も心配せずに勉強に集中するようにと言われました」

 タイタスは、

「そんな事言われたって、無理だよな、クラリア」

と隣の席のクラリアに囁く。

「そうね」

 クラリアはクラスの誰よりもレーアと仲が良かったので、本当に気が気ではなかった。


 レーアは、パルチザン隊の中で、女子部隊と共に同じ部屋で眠った。ディバートとリームが帰ろうとした時、もう少しで泣き出すところだった。

「レーア」

 ホールに戻ったレーアに隊のリーダーであるトレッド・リステアが声をかけた。

「何でしょうか?」

 レーアは彼を見た。トレッドはニヤリとして、

「君はザンバースを信じているのか?」

 レーアはその問いかけに俯いたが、顔を上げ、

「もし、貴方が私の立場で、そんなに簡単に結論が出せますか?」

と言い返した。トレッドはフッと笑い、

「そうだな。中々気が強いな、君は」

「箱入り娘だと思っていたのなら、お生憎様です。私はとんだお転婆ですから」

 レーアはキッとしてトレッドを睨んだ。周囲にいるパルチザン達がざわついた。トレッドは同じ隊の人間も口の利き方に気をつけないと怒鳴る男なのだ。でも彼は、レーアに声を荒げなかった。

「トレッド、情報、入っているか」

 ディバートの声がした。扉が開き、ディバートが入って来ると、レーアはついニコッとしてしまった。そしてそれに自分で気づき、顔を伏せる。

「レーアが誘拐されたとザンバースが公表した件だろ? インターネットで見たよ」

 トレッドはチラッとレーアを見て答えた。レーアはその話にギクッとして二人を見た。

「但し、公表しただけで、我々の事は何も掴んでいないようだ。しかし、俺やリームの顔は、連邦警察のブラックリストに載っている。下手な動きはとれない」

 ディバートの言葉にレーアは彼を見る。

「貴方達に迷惑がかかるのなら、私を外に出してよ。邸に戻るわ」

「冗談じゃない。そんな事ができるか」

 ディバートは大声で言った。レーアはディバートを睨みつけて、

「私が貴方達の事をベラベラ喋るって言うの?」

「そうだ。その危険性は大いにある……」

 ディバートはそこまで言って、言葉を飲み込んだ。レーアが目に涙を溜めて、震えていたのだ。

(まずかったか?)

 彼は後悔した。

「そんなに私が信用できないのなら、どうして同志になれなんて言ったのよ!?」

 レーアはホール中に響くような声で叫んだ。ディバートは何も言えなかった。するとトレッドが、

「レーア、信用っていうものはな、最初からあるものじゃない。築き上げて行くものだ。この中で俺が初めから信用していた奴なんて、ごく僅かだ」

と周囲を見渡しながら言った。レーアは涙を拭って、

「そんなのって……」

「そうさ。確かに納得できない事だ。しかしな、それは誰もが承知している事だ。自分が信用されないからって、腹を立てる奴はいない」

 レーアは我慢できなくなったのか、

「疑うのは良くない事よ。誰でも信じるべきだわ。人を疑うと、自分まで醜くなるのよ」

と反論とした。トレッドは何も言わずにディバートを見た。ディバートはレーアを見て、

「わかった。君を帰らせる」

 するとパルチザンの一人の男が、

「しかしディバート、それでは……」

「いや、キリマス。俺はレーアを信じるよ」

 キリマスと呼ばれた男は、

「裏切られるのがオチだよ」

とレーアを睨んだ。レーアはキリマスを見たが、何も言わない。キリマスはレーアの視線に耐えられないのか、顔を背けた。

「裏切られたら、その時はこの俺がレーアを殺す」

 ディバートの衝撃の言葉に、レーアばかりでなく、そこにいた全員が息を呑んだ。

「だから、裏切らないでくれ、レーア」

 ディバートは微笑んでレーアを見た。レーアは呆然としながらも、

「え、ええ……」

と応じた。

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