第37話「スノーストーム」

「こっちに来ないで!」


「あんたなんか死神だ!」


 そっかあ私……







 死神なんだ。


◇◇◇


「今回は都心に、何十年ぶりかの大雪の予想が出ています。くれぐれも外出の際はお気をつけ下さい」


 テレビでは天気予報が映っていた。


「何、ボサッとテレビ見てんだ!早く家の中を掃除しろ」


 私は両親を失うと、親戚中をたらい回しにされ、最後におじさん一家の家に引き取られた。


 ここでは私は奴隷のように、朝から晩まで、こき使われた。


『もう死にたい』


 それが私の願いだった。


『雪かあ。綺麗な雪に包まれて死ぬのもいいな』


 そんな事ばかり考えていた。


「早く買い物に行って来な!」


 おばさんに言われ、私は買い物に出かけた。空は灰色で、ハラリハラリと雪が降って来ていた。


 市場への近道にと公園の中を通った時だった。真っ白な公園の広場で、女の子が一人で遊んでいた。周りには誰も居なかった。


「一人で遊んでいるの?」


 私は、ふと声をかけた。


「うん、そうだよ!」


「パパやママは?」


「いないよ!ずっと一人だもん」


 えっ!私と同じ!?


 と、私は驚いた。


「それよりお姉ちゃん。私と遊んで!」


 女の子にそうせがまれて、少しならいいかと、私は遊び出した。雪はどんどん降って来た。


 結局、しばらく遊んでしまった。


「私、そろそろ行かないと」


「え~!もう行っちゃうの~!?」


 女の子は頬を膨らませてプンスカしていた。その姿がとても愛らしい。


 私は空を見た。綺麗な綿雪が降っていた。女の子と遊ぶのは楽しかった。そして買い物に行く事は、つまらなかった。


『もういっか、もう何もかも、疲れちゃった。最期ぐらい遊んじゃお!』


 私はそう思うと……




「分かった!じゃあ遊ぼう!!」


 と、女の子に言った。


 それから女の子とたくさん遊んだ。とっぷりと日が暮れてしまったが、街頭の灯りを頼りに遊んだ。


 大きな雪の人形を作ったり、雪の家を作った。なんていったって、もう時間は、たっぷりあるのだ。


『こんなに遊んだのは、いつだろう?パパやママが居た時は、いつもだったのに』


 私は楽しくて仕方なかった。


 でも……




「そろそろ家に帰らないと、だっ」


 誰かが心配するよ!


 と、言う言葉を飲み込んだ。


 誰もいないのだ、そう……私たちには。


 すると、女の子はこう言った。


「大丈夫だよ、お姉ちゃん!だって私、死神だから」


「えっ!?」


 私は意味が分からなかった。


 こんな可愛い女の子が死神?


 私が首をかしげていると……


「見ててね」


 と、言って女の子は、片手を空に向けた。


ビューーー


 と、猛吹雪が巻き起こった。


「大丈夫だよ!お姉ちゃんの周りは行かないから」


 確かに私の周りだけは、風もなかった。でもそのちょっと向こうは猛吹雪で真っ白で、何も見えなかった。


「どう?私の力。きっともう誰か凍えて……




 死んだよ」


 激しい吹雪、一瞬にして何もかもを凍りつかせていく。


 雪の中、一人きりで遊ぶ女の子。


「私は死神だから、一緒にいると死んじゃうよ?お姉ちゃんこそ、家に帰らなくていいの?」


 女の子の言葉に、凍(こお)った私の心がつぶやいた。


「いいんだ、誰も心配なんかしないから」


「良かった!じゃあ次は、もっと凄いの見せちゃうよ!!」


「えっ!?」


 突然、巻き起こった突風に私は浮き上がっていた!


「お姉ちゃんどう?吹雪の上に乗ってるよ!」


 私は空を飛んでいた。


 遥か下には、凍りついた街が見えた。時計台は、雪が張り付き文字盤が見えなくなり、大きな橋も巨大な氷柱(つらら)に覆われていた。


 世界が姿を変えていた。まさに、氷の世界!私はそれを美しいと思った。


 そして私たちは、楽しく遊んだ。でも段々と意識が遠くなって来た。


 そりゃそうだ。私、凍っている……


 気づくと私は仰向けに倒れていた。見上げると女の子が立っていた。


「いつもね。いつもみんな、居なくなっちゃうの。お前なんか死神だ!って言って。私は遊びたいだけなのに」


 女の子は悲しそうに言った。


「い  る  よ」


 そう、ろれつの回らない言葉で私は言った。


「えっ?」


「わ  たし   いるよ」


 そう私は言うと、女の子に笑顔で返した。


 もう寒いのか何なのか分からなくなった。ただただ眠い。それも気持ちいいほどに。


「あり   がとう」


 私はこれで死ねる。やっと辛い世界とはサヨナラだ。私は目をつぶった。


「あっ!待って」


 女の子の声が遠くに聴こえた。きっと、もうすぐ死ぬ。


 こっちこそ、ありがとう。これでパパとママの所へ行ける。本当に、ありがとう……







 死神さん。


◇◇◇


 遠く遠くで、誰かの話し声がしていた。


「君が僕に、お願いするなんてね」


「とにかく助けて!」


「わかったよ。でも、そのかわりに君は」


「わかってるわ!」


 気づくと私は、暖かな日差しの中、目を覚ました。


 辺りを見ると昨日の公園。でも違うのは、雪がどこにも見当たらない事だった。


 それよりなにより、冬なのに花があちこちに咲いていて、まるで春のようで、体の芯からポカポカと暖かだった。


 ふと見ると、氷の人形があった。そして良く見れば、それはあの女の子だった。


「最期に、謝ろうと思って」


 氷になった女の子が言った。


「えっ!?」


 謝るって、何を?


 と、私は思った。

 

「ごめんね私、本当は死神なんかじゃないんだ。ただの吹雪の精なんだ」


 足元から少しずつ解けていく氷の女の子。


「だからあなたを、パパやママの所に連れて行ってあげられないん……だ」


 とうとう体が半分までになってしまった。


「嘘……ついて……ごめんね」


 そう言うと氷の女の子は、とうとう解けて消えてしまった。


 それを見た私は、鼻がツーンとしたかと思うと、急に目に涙があふれて止まらなかった。


「君は凄いね!吹雪の精が、これほど君を大切に思ったとは!!」


 声に振り向くと、一人の青年が立っていた。青年は何か知っているようだった。


「私……また独りきりになっちゃった」


 私は、解けて消えた女の子の跡を、しゃがんで触った。


「それは違うな」


「どうして?」


「みんなが君に、命を託したんだよ。だから君の命は、君だけのものではないんだ」


 私には、意味が分からなかった。


「でも私、もう辛くて生きていけない……」


「僕は、めったな事では人間に干渉しないんだけど……大丈夫!これも何かの縁だ。これからはずっと、ハッピーが続くよ」


「???」


「それでももし、身も心もまた寒くなったら呼んでくれ」


 そう青年は言うと、ひらりと私に背を向けた。そして歩き出すたびに、姿が薄くなっていった。


「あっ、あなたは?」


「きっと君に、何かしらの生きるきっかけを与えられると思うよ、だって僕は……」


 そういうと青年の姿は消え、声だけが残った。







「命を司る、春の精だからさ」


おしまい


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