第19話「ずっとずっとそばにいるよ」
「ずっとずっと……そばにいるから」
その冬、僕はそう言い残して死んだ。僕の心残りは、残していった妻と子どもたちの事だった。
僕は妻が好きだ。好きだから結婚した。
「結婚は人生の墓場だぞ!」
と、言われてたけど意味が分からなかった。いつも大好きで最愛の妻が側にいてくれるのに、なぜ墓場なのだろうか?
「結婚して家庭持つと自由がきかねえ」
と、言われもしたが意味が分からなかった。最愛の子どもたちの寝顔が、疲れた僕を癒やし、明日への活力をくれるのだから!
そんな日々の中、僕は妻も子どもたちを残して亡くなってしまった。妻は、日に日に生きる気力をなくしていった。
「うるさいって言ってんでしょ!!」
妻の怒号が飛んだ。なんて事ない事も妻には感に触るようだった。子どもたちも必死で妻についていくのだが……
「お前が悪いんだぞ」
「お兄ちゃんだって!」
「二人とも、本当に静かにして!!」
殺伐とした悪循環に陥っていた。あんなに優しかった妻は、いまや鬼の形相だ。僕はその様子を浮かびながらアワアワしながら見ていたのだった。
「ねーねーママ!パパが帰ってくるよ」
イブの日、子どもたちはママに喜んでもらおうと、嬉しそうに言った。しかしそれに対して妻は、不機嫌そうに応えた。
「どうやって?」
「サンタさんにお願いしたんだよ!パパが戻ってきますようにって!!」
それを聞いた瞬間、妻は切れた。
「うわああああ」
クリスマスツリーをつかむとソファーに投げつけた。部屋中の飾りを引っ剥がすと、テーブルの料理やケーキ全てをぶちまけた。そして怒鳴り、子どもたちを部屋へ追いやった。
「はあああ…」
妻は言いようのない、落ち込んだ表情を浮かべていた。分かっているのだ、自分がしでかした事に。散々なイブになってしまった事に。
すると妻は、おもむろに、包丁を握りしめた。マズい!死ぬ気だ!!
『やめろ!やめてくれー!!』
僕は止めにかかるが、妻の体をすり抜けてしまう。
『ダメだ、ダメだ、ダメだー!やめてくれーーー!!』
ガシャーン
その時、写真立てが倒れて落ちた。それは、家族みんなで撮った写真。
ガツン
妻の手から包丁が落ちて床に刺さった。妻は写真立てを抱き締めると、オイオイ泣き出した。
「帰ってきてー、帰ってきてよー」
と、言う妻のか細い声に、写真立ての中の僕は泣いていた。
それからしばらくしたある日、雪が降って来た。深夜から降り出した雪に、僕は願いを込めた。
ずっとずっとそばにいるからね。
何も出来ないけど。
ずっとずっとそばに……
「雪積もったかな?」
朝、子どもたちがベランダに出ると、柵の上には、小さな雪だるまらしきものがあった。
なぜらしきものかと言うと、本当にただのかたまりで、表情も何もなかったからだ。それが僕に作れるやっとの事だった。
柵の上では、お父さんらしき雪だるまに、寄り添うようにお母さん雪だるま、子どもたちの雪だるまたちがくっついていた。
「パパ!」
「パパだ!パパ~」
それを見て子どもたちは叫んだ。子どもたちには伝わったのだろう。
「なんなの!朝からいったい!!」
妻も子どもたちの声にベランダにやって来た。そして、雪だるまを見るなり座り込んで、シクシクと泣き出していた。
それから妻は変わった。家庭の中も明るくなった。写真立ての中の写真も変わった。
「ずっとずっと、そばにいるんだよね?」
写真に向かいニコッと笑う妻。写真立ての中の写真には、あのベランダの雪だるまたちが写っていて……
笑いあっていたのだった。
おしまい
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