第19話 試験の合間に

 闘技場の中にある控え室の中の一つで、一人の男が十数枚の書類を前にして作業をしていた。男の名前はスカルダ。強面で見た目で言えば盗賊でもやってそうではあるがギルド職員であり、今回開催されたテイマーのランクアップ試験Dランク担当試験官である。スカルダは先ほどまでの試合の結果と、観戦しながら書いたメモを元に、現時点での評価を一枚の紙に書き込んでいく。


「こいつはこんなもので、次はジェノ・・・こいつか」


 スカルドの脳裏に、従魔を後ろに控えさせたまま圧倒的に勝利した男と、一見普通の人間にしか見えない従魔の姿が描かれる。弓矢に自信のあったエルフ族のリアクースと、その従魔クードの同時攻撃をものともせずにクードを一太刀の下に切り伏せて勝利した。完璧に攻撃を見切った目と、流れるような動きは昨日登録したばかりのFランクとは思えないほどのものであった。しかし。


「今のままだと厳しいか」


 スプリとジェノが普通に会話をしているのを何度か聞いていたのと、おそらくはジェノの言いつけ通りに後ろで待機していたことからスカルダはスプリの知能の高さを理解していた。しかし、それ以外にテイマーとしての魅力が伝わってこないのだ。 この試験は戦いを通してテイマーと従魔についての様々な部分を見て、判断する為のものだ。テイマー一人の能力で戦って最後まで勝ちあがったとしても、それには何の意味も無い。それが理解出来ないやつをふるい落とすために、装備品に何の制限もかけられていないのだ。もしジェノ一人で対処出来ない相手と当たった時、それまでと同じような戦い方しか出来ないようならば合格することはないだろう。


 ただ、スカルダの脳裏には、一つの可能性が存在していた。それは、このペアが何かを秘めている可能性。例えば、あの従魔の持つスキルが余りにも強力過ぎて相手を選ばなければ相手を確実に殺してしまう、等だ。大体の人間はスプリの情報を聞いて敵ではないと判断していたが、スカルダは別の情報を持っていた。その情報が確かならば、何かを隠していると判断するのに十分なものである。


「さぁ、この後どうなるか楽しみだな。何か隠してあるなら面白いものが見れそうではあるが、もし何もなければ・・・」


 こうしてスカルダは、凶悪な顔を凶悪な笑みで歪めながら、9試合の中で感じたことや今後注目しなければいけないところなどを各選手ごとにまとめる作業を進めるのであった。








 さて、一回戦をジェノのまさかの実力で余裕で突破した俺達は、昼食ということで闘技場の外に出ている屋台を巡っていた。一ヶ月に一度のランクアップ試験は街の人達にとっての数少ない娯楽らしく、観客が大勢来る。その観客達を目当てに屋台もまた集まってきて、ちょっとしたお祭り騒ぎだった。


 その屋台の出ている通りをコノミの手を握り歩く。ジェノはすぐ後ろを一人で歩いていてなんか生暖かい視線を感じるけど、人目もあるしたまに髪の毛の束で目潰しするくらいで勘弁してやってる。コノミは結構食い意地が張ってるらしくて、手を繋いでいないとすぐに飛んで行ってしまうからだ。【弱体化】が効いてる今の状態では多分コノミが本気を出せば引きずられていってしまうけど、コノミは優しいからさすがにそんなことはしない。この街の守護を司る龍神なわけだしその辺りはちゃんとしてるのかもしれない。ジェノに対してはあまりそんなことないけど。


「おお、あっちから香ばしい肉の香りが漂ってくるのう。行ってはダメか?」


「俺は別にいいんだけど、どうする?」


「ちっ、我はこやつには聞いてはいないんだがの」


 後ろ歩くジェノに振り返って聞くと、隣でコノミが舌打ちをしてるのが聞こえた。ホントに嫌いで仕方がないようだ。もちろんジェノにも聞こえてるだろうにどこ吹く風で、むしろ機嫌良さそうにしている。いや、もう満面の笑みを浮かべていて気持ち悪い。きっと美少女2人と歩くのがよっぽど嬉しいんだろうな。けど、そんな顔ばっかりしてるとまたコノミに殴られるぞ。


「おう、大丈夫だぜ。母さんから預かった金ならまだあるから好きなの選べ」


 ジェノママは冷徹そうな風貌からは予想できない程に、小さい子供に対して甘いようだった。昨日コノミがジェノ(と一緒に行く俺)に付いて行くと聞いたジェノママが、コノミや俺に好きなものを食べるようにお小遣いをくれた。そしてそれは道具入れやサイフなどを用意してなかったのでジェノに預けてあった。それに、ヒロインだしジェノをある程度は立てておかないとな。


「よし、早く行こう!スプリの分も買って二人で食べようかの!」


 というわけで一応はジェノにお伺いを立てると、あっさりと許可が出た。なんかジェノの立ち位置が完全に親戚の子供を預かった気さくなあんちゃんみたいになってるな。その前に親戚の子供みたいになってるコノミもあれだけど。


 駆け出そうとしつつも我慢してでもちょっぴり早足になっているコノミに思わず頬が緩む。ああ、可愛い。後ろではジェノも同じことを思ってるに違いない。どうせなら俺もあっちの立場で美少女二人に連れまわされるのも良かったな。いやでも、せっかく自分が美少女になったんならヒロインを堪能しないと勿体ないよね。


 コノミの進む方向に合わせて歩いていると、並んだ屋台の中に肉を刺した串を焼いている屋台が目に入った。どうやらここがコノミのお目当てらしい。丁度人が捌けたところらしく、屋台の前にいるのは若そうな男とその男の従魔だろうか、従魔のプレートを首にかけた鶴のような首の長い鳥のモンスター。そういえばさっき同じランクの受験者の中にいた気がする。


 コノミとコトミに引っ張られている俺がそのテイマーと従魔の後ろに並ぶと、それに気づいた屋台の主人が申し訳無さそうに声を掛けてくる。


「すいやせん、このお客さんの分で用意してた材料が切れそうなんですよ。30分位したら次が出せるんですけど」


 30分か、多分そんなに時間は無さそうだ。きっと試験が再開されてしまう。確か後半からの3試合目だったから別に自分達の試合には間に合うだろうけど、こういうのはちゃんといた方がいい。試験ってのは何を見られてるか分からないからな。噂で聞いたところだと試験や面接の合間の待ち時間に何をしていたかを考慮に入れるところもあるらしいし。


「なんということだ・・・」


「ごめんコノミ、ここの串は無理そうだ。他のとこ行こうな」


「わりぃな。けど、まだまだ屋台は一杯あるから気にすんなって!次だ次!」


「なんかすみません・・・おや、あなたは」


 残念そうなコノミを二人して励ましていると、前に立っていた男が振り返って申し訳無さそうに謝って来た。そして何かに気づいたようにジェノを見つめている。何だ、ホモか?


「ん?オレの方見てどうかしたか?」


「いえ、先ほど試験会場の同じランクの区画でお見かけしたものですから。見事な動きでしたよ、ジェノさん」


「いやー、それほどでもねぇよ!」


 男はなんというか爽やか系のイケメンで、明るい茶髪を少し長めに揃えていて非常に似合っている。どこぞのジェノとは大違いだ。笑みを浮かべた男に褒められてバカみたいな顔したバカが笑っている。しかし、その笑いは次の一言で完全に凍りつくことになる。


「それもそうですね。あれでは、僕達に勝つことは出来ません。あと2回勝ち上がることはおそらく可能でしょうけどね」


「なんだと?」


 急に笑みを消して喧嘩を売ってくる茶髪。ジェノが何か気に障るようなことをしたに違いないけど、何があったのか。しかしその疑問が解消される前に、焦った様子の店主が肉の刺さった串を割り込むように男へと差し出してきた。


「はいお客さん串焼き2本お待ちどうね!」


「どうも。はい、お嬢さん。これは彼が僕に勝ちを譲ってくれることに対するお礼だ。熱いから気をつけて食べるんだよ」


 男は言いたいことを言って満足したのか串を受け取ると、その内の一本をコノミに差し出してそのまま去っていった。ジェノは怒り狂って地団駄を踏み、コノミは嬉しそうに肉を頬張っている。なんだこのカオス。


「なんだあいつあーむかつく!コノミ、あんな奴にもらった肉なんて返して来い!」


「いやーあいつは中々良い奴だの」


「食うのはえーなおい!」


 怒り狂って返却するよう指示したジェノだったけど少しだけ遅かった。コノミは既に完食していて、唇についた肉汁と塩気を小さな舌で舐めとりながらあの男を褒めている。それに気づいたジェノは絶叫しながらツッコミを入れつつ頭を抱えて悶えてる。なんかよく分からない恨みを買ったようだ。さっきの試合を思い出すとあの中でもかなりの実力者に見えたし、これは苦労しそうだ。


 さっきの爽やかイケメンのことを考えていると、次なる標的を求めて歩み始めたコノミに引っ張られるように歩き出す。まだ怒りがわいて出ているっぽいジェノも仕方ない風について来て、そのまま闘技場へ向かう。さぁ、もうすぐ後半戦だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る