114.少女、(破けて読むことができない)

 日が暮れたかどうかも分からない薄青の世界の中、重たい鈍色の雪がとめどなく曇天の空から落ちてくる。


 見るだけで凍えそうなその景色の中を、十人ほどの行列がゆっくりと進んでいた。処刑場へ向かうその先頭は、同じ背格好をした二人の少女。頭から赤いベールを被り白く長いローブを引きずっている。その両手に捧げた短刀は装飾が施された儀式用の物だ。続けて白い詰襟を着た兵士が二人。先を行く少女たちと同じ色の赤いサッシュを斜めがけにし腰のベルトに挟んでいる。後列にも同じような格好をした兵士が四人。


 その兵士たちに挟まれるようにして罪人は歩いていた。


 天華と青女は黒い正装を着せられうなだれる。前に差し出した両手首には氷で出来た枷がはめられ、そこから伸びた鎖は前後の兵士にそれぞれつながれていた。


 やがて死の行軍は峠の分かれ道で歩みを止めた。先導する少女二人がピタリと声をハモらせる。


「「離別の峠にて、罪人『青女』をこの地より追放します」」


 列から一人外された青女はよろめきながら少女たちの前にひざまずいた。 淡々とした宣告は続けられる。


「「罪を悔い改め、永久にこの地に足を踏み入れぬことを誓いますか」」

「……えぇ誓うわ、誓うわよ。二度とこんなところ来るものですか」


 ギラギラとした瞳には様々な怨念が渦巻いていた。すっくと立ち上がった彼女はほどけた銀髪を振り乱しながら高笑いを上げた。


「いつか絶対後悔させてやるんだから! アハハハハッ、今から楽しみだわぁ、あんたたちが泣いて赦しを乞うのがね!」

「無礼な、さっさと連れていけ!」


 両脇を兵士に掴まれて引きずられる。青い目を血走らせた彼女は半狂乱で叫んだ。


「赦さない! ゆるさない! 絶対にアンタたちを怨み続けてやる!」

「「これにて追放の儀を終了とします」」


 連れて行かれる直前、最後の力で兵士を振り払った青女はこの上なく甘い声を出した。


「天華ちゃぁあん? 安心してねぇぇ、あなたに関しては別に怨んでないからぁ」


 それまで無表情だった少年がピクッと反応し少しだけ怯えたような視線を上げる。母は奥の見えない空洞のような目でこちらを見つめていた。関心も何もかも失くしたかのような空っぽの目。


「だって、もう要らないから」

「ぁ……」

「あんたなんか、最初から居なければ良かったのに」


 去りゆく彼女の白銀の髪が、雪の中にふわりと舞い、そして天華は切り捨てられた。


「さよなら。名前も知らない誰かさん」



 呆然と立ち尽くす罪人を引っ立て、行軍は離別の左の道を行く。

 さほど歩きもしない間に終着点へとたどり着いた。だだっ広い雪原がどこまでも広がる処刑場だ。


「「禊ぎの園にて、罪人『天華』を処刑します」」


 相も変わらず淡々とした双子の片方が、膝立ちになった天華の前に立つ。

 赤いベールを持ち上げた彼女は悲しそうな笑顔で問いかけて来た。


「後悔してる?」

「あんたの手にかかって死ねるなら本望だよ」

「……そう」


 再びベールを戻したリッカは手にした短刀をまっすぐ天に掲げた。天華を取り囲むように氷の杭が出現し狙いを定める。


「掟に従い、処刑します」

「……」


 痛いほどの静寂が雪原に降りる。

 その緊張が最高点に高まったところで少女の高らかな声が響いた。


「貫け!」


 バッと勢いよく振り下ろすと同時に杭がくるりと反転し、外側に向けて発射される。貫いたのは天華ではなく、周囲に構えていた兵士たちだった。


「ぐぁぁっ!?」

「ぎゃあ!」

「リッカ様なにを!?」


 予想だにしない一撃に兵士たちは足や手を押さえる。白一色だった雪原に鮮やかな色が散り、凛とした表情のリッカは次なる杭を出現させ静かに言った。


「早々にこの場を立ち去りなさい。その傷もすぐ手当てすれば間に合うでしょう」

「ですが……」

「二度目を言わせたら、この杭が心臓を貫くわよ!」


 脅すように短刀を振り上げると、氷の杭が引き絞られるようにググッと退がる。兵士たちは情けない声を上げながら逃げていった。


 その場に残されたのは天華とリッカと――そして戸惑ったような顔をしたロッカだけだった。


「ちょ、ちょっとぉ、何やってんの? 母さんに怒られるよ?」


 焦ったような声を聞き流し、ベールを取り去ったリッカは天華を立たせ服についた雪を払う。そして最初から決めていたようにテキパキと事を進めた。


「ロッカ、頼んでおいた物は持ってきてくれた?」

「え? あぁうん、一応持ってきたけど」


 同じようにベールを取ったロッカは腰につけていた物を外し放る。ボンッと音を立てて大きめのホウキが出現した。


 それを見たリッカはここに来て初めて計画を打ち明けた。


「お願いがあるの。この子を連れて中央大陸へ逃げてくれない?」


 その言葉に目を見開いたのはロッカだけでは無かった。しかし天華が口を開く前にすっとんきょうな声が上がる。


「マジで言ってんの? だってその子忌み子じゃん! 今回の元凶じゃん!」

「あら失礼ね。イミゴじゃなくてちゃんと天華って名前があるのよ」

「そういうことじゃないわよ~」


 途方に暮れたような顔をしたロッカの目が少し鋭くなる。剣呑な雰囲気を出すと試すように言った。


「あのさぁ、私がこのまま引き返して母さんたちに報告するとか考えなかったの? ちょっと考えが甘いんじゃない?」


 その子供とは言えない威圧感に少年は身体を強張らせる。だが当のリッカはクスクスと笑うだけだった。


「全っ然、心配してないけど?」


 ニッと口の端をつり上げた少女はイタズラめいた光を目に宿らせる。


「だって私の片割れロッカですもの。何を考えているかなんてお見通しよ」


 あなたもそうでしょ? と、笑われて、毒気を抜かれたロッカは肩を落とした。


「まっ……たく、我が姉ながら呆れるわ」


 そして諦めたように天を見上げると、パン!と頬を叩きホウキにまたがった。


「んもーしょうがないんだから。わかったわ、この計画乗ったげる!」


 戸惑う天華の視線に気づいたのだろう。ため息をついた彼女は協力してくれる理由を語った。


「安心しなさいよ、裏はないから。だってアンタ達が居なくなったら自動的に私へお鉢が回ってくるじゃない。私、別に当主になりたいわけじゃないし。っていうかむしろ遠慮したいし」


 なら一緒に逃げるわよ。とニカッと笑う。好奇心旺盛なロッカはこの突然降って湧いた家出話に内心ワクワクしているようだった。窮屈な生まれ故郷を飛び出すことをずっと夢見ていたらしい。


「ほら乗った乗った」

「待っ……」


 強制的にホウキの後ろに乗せられてふわっと浮き上がる。天華は地上に残った少女を見て焦ったように叫んだ。


「リッカはどうするんだ!」


 このホウキでは二人乗りが限度だ。もう一本ホウキがある様子もない。

 ところが置き去りにされようとしている少女は安心させるように大きく頷いた。


「大丈夫。私もすぐに追いかけるから」

「でもっ」

「ロッカの方が飛ぶのは早いから。とりあえず狙われてるあなたから逃げないと」


 少し低い位置にあるリッカと目が合う。澄んだ緑の目で彼女はニコッと笑った。たまらず手を伸ばすと優しく両手で包まれる。


「ここから逃げ出して、別の地で一緒に生きよう?」


 それはこれまで見て来た中で一番綺麗な笑顔だった。

 綺麗すぎる笑顔だった。


「っ、約束だぞ!!」


 最後の最後でその仮面にだまされてしまった天華は繋いでいた手を離す。暖かい手がするりとすり抜けた。だが





 ――何をしているのです。リッカロッカ


 グンッと急上昇をかけたホウキが木々の梢の高さを越えた時、雪の女王がやって来てしまった。氷のようなその声が不自然なほど雪原に響く。


 木立の間からゆっくりとこちらに向かって来る影があった。滝のように流れる白い髪、双子の母親、風花だ。


「早く行って!」


 一様に固まる中、真っ先に我に返ったリッカが鋭く叫んだ。それと同時に雪の女王の周りに水色のマナが集束し氷の槍が形成される。彼女は間髪いれずに空飛ぶホウキ目がけてそれを撃ちだした。


「ひぃっ!」

「!」


 ギリギリのところで回避したロッカが慌ててホウキのバランスを取る。さらに追撃しようとした風花だったが、頬をかすめる痛みにゆるゆると視線を移動させた。


「させない……っ」


 右手を水平に振り切ったリッカがまっすぐにこちらを見ていた。その背後には無数の氷の杭が浮かび、矛先が全て向けられてる。


 娘は緑の瞳に燐光を宿らせていた。マナの量は自分と同等か少し上か。


「リッカ、正気に戻りなさい。こんな事して母親として恥ずかしいわ」

「反抗期でごめんなさい。でもあの子は見逃して、お願い」


 風花はそう返って来ることを予想していた。驚きもせず平坦に答えを返す。


「そう来ると思っていましたよ。では仕方ありませんね、あなたを処分することにしましょう」

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