7.

 どんなに奇抜な出来事に巻き込まれていても、それが夢だと自覚出来ないときもあれば、どれだけリアルな状況だったとしても、即座に今自分は夢をみていると自覚出来るときもある。

 今回はどうも、後者だったらしい。

 そう、これは夢だ。今は冬なのに、みっちゃんだけでなく、わたしも夏服を着ていて、みっちゃんに実体がある以外には特におかしなところもなかったけれど、すぐにわたしは今自分が夢をみているのだとを悟った。

 なんというか、現実感が希薄なのだ。教室にはちゃんとクラスメイトがいて、それぞれ気ままに過ごしているのに、そのうちの誰に話しかけても反応が返ってこなさそうだった。確かにみんなそこにいるのに、全てが精巧に出来た作り物のような感じがした。

 話し声だって聞こえるのに、それすら録音した音声を流しているみたいなのだ。

 わたしは窓際から二列目の一番後ろ、つまり自分の席について、次の時間の準備をしていた。

 今は休み時間で、次の時間は英語だ。たしか小テストがあったはずだから、テスト範囲をざっと見返しておかないと。

 今の状況が夢だとすぐ気付いたわりに、何をすべきかはっきりと分かっているのが不思議だった。

 そういえば、朝みっちゃんに貸した参考書、返してもらわなきゃ。

(といっても、もしみっちゃんがここにいればの話だけれど)

 ふとそんなことを思い出して、わたしは左を向く。ねえ、みっちゃん、朝貸した参考書だけど――。

 そこでようやく、わたしは大きく開いた窓から誰かが身を乗り出していることに気づいた。

 セーラー服の黒い衿が、風に煽られてはためいている。普段、後ろ姿からは見えないはずのエンジ色スカーフがむき出しになっていた。

 ばたばたとはためく黒い衿の端から、特徴的なみっちゃんのくせっ毛がちらちらと見えた。

 前屈みになっているせいで、セーラー服の裾から腰が覗いている。といっても下に白いTシャツを着ているせいで、肌が見えることはなかったけれど。

 いや、そんなところに注目している場合じゃなくて。

「――みっちゃん!」

 慌てて立ち上がった拍子に、椅子が倒れて大きな音がしたけれど、今はそんなことに構っていられなかった。

 手を伸ばしてセーラー服の裾を掴んで引っ張る。みっちゃんが変な声をあげたけど、そんなのは無視した。

「いきなりどうしたの、朋絵」

 教室に上半身を引っぱり戻されたみっちゃんが咳き込んで言う。

 どうした、はこっちの台詞だ!

 そう言ってやりたいのを飲み込む。こっちが気が抜けるくらいのほほんとしたみっちゃんに、わたしばかりが心配するのはなんだか悔しかったのだ。

 みっちゃんはすました顔で衿を直している。

「……髪の毛、すごいことになってるよ」

 何を言おうか悩んで、わたしはやっとそれだけ言った。

「そんなに?」

 みっちゃんがシャンプーをするみたいに両手で髪の毛に触る。

「ほ、ほんとだ……」

 やたらと深刻そうな声で言うみっちゃんが面白かったので、わたしは少しだけ溜飲を下げる。

「みっちゃん、さっき何やってたの。危ないじゃん」

「えっ何が?」

 心底分からないという顔でみっちゃんが首を捻るから、やっぱりわたしは脱力してしまう。

「だからほら、思いっきり体を乗り出してたじゃん」

 窓の方を指さすと、みっちゃんは納得したようにああ、と呟く。

「……なんかさ、危ないって言われてることって試したくならない?」

 ぽつりとみっちゃんが言った。

「危ない目に遭いたいとかそういうわけじゃないし、本当に危ないかどうかを確かめたいとか、そういうわけでもないんだけど」

 言わんとしていることはぼんやりと分かったけれど、それでも納得がいかない。

 そんなわたしの気持ちが顔に出ていたのだろう。みっちゃんは少しだけ困った顔をして、窓辺に歩み寄る。

 今度は開いた窓から顔を出さず、窓越しに下をじっと見つめた。

「あと、高いところにいると、下を見たくなるじゃん? それで、高いところから下を見てると吸い込まれそうな感じがするっていうか」

「怖いって分かってるのにホラー映画が見たくなるみたいな?」

「うーん。ちょっと違う気がする。ホラー映画を見るのは誰にも咎められないじゃん。そうじゃなくて、人から駄目って言われるような危険なことを試したくなる感じ。さっきも言ったけど、別に危ない目に遭いたいわけじゃないんだけどね」

 みっちゃんが肩越しにわたしを振り返る。ぼんやりとした目は確かにわたしの方に向けられているのに、それでもどこか別の場所を見ている気がしてならなかった。

「じゃあ、例えばだけど」

 そう前置きして、わたしはふと、頭に浮かんだ考えを口にしていた。

「――線路に入る、とか?」

 ぼんやりとしていたみっちゃんの目が、生気を取り戻したように光を灯して見開かれる。

 なんとはなしに言ったことでこんなに驚かれるとは思わなくて、わたしの方が戸惑ってしまった。

「みっちゃん、なんかわたし、悪いこと――」


 悪いこと、言った?

 そう言うつもりだったのに、途中でわたしはくしゃみをして目を覚ましてしまった。

 掛け布団が床に落ちている。どうりで寒いはずだ。状況を確認すると同時に、寒さが背筋を駆け上がってきて、わたしは身震いした。

 おまけに、床に落ちた布団をベッドの上に引っ張り上げると、それはもうひやりとしていた。

一体どれくらい前に落ちてしまったのだろう。

 冷え切った布団にくるまって、枕元に置いたスマホに手を伸ばす。時間を確認すると四時過ぎだった。なんとも半端な時間だ。少しやるせなくなってしまった。

 でも今から起きるのは早すぎるし、寝直そう。

 そう決めて、目をつぶったところで、わたしは気づく。

 今見た夢。

 あれは、夏休み前に、実際にみっちゃんと交わしたやりとりだった。

 最後の最後で線路に入ることについて尋ねたことだけは違ったけど、そこまでは状況も流れも全部一緒だった。

 線路のことを聞いてしまったのは、わたしがずっと夏休みの終わりのことを気にしているせいだけれど、それに対するみっちゃんのあの反応はどういうことだろう。

 自分の夢だから、わたしが勝手に作ったみっちゃん像が反映されていたと考えるのが自然だけど、もし、そうでなかったとしたら。

 そんなことを考えながら、わたしはもう一度眠りに落ちていた。

 そして、今度は夢を見なかった


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