2.

 星が消えた。

 家を出て駅までの道を歩きながら、私はさっき見たばかりのテレビの内容を思い出していた。

『星が消えるなんてこと、あるんですか?』

 女子アナの一人が、中途半端な笑顔で問いかける。冗談だろうと言わんばかりの表情だ。

『えー、星にも寿命がありまして、寿命を迎えた星が超新星爆発を起こして消えるというのは考えられます。しかし、今回消えたやまねこ座の三一番星、アルシャウカットは寿命が近いというデータはなく、超新星爆発を起こすような徴候も見られなかったわけでして……』

 歯切れ悪く、黒縁眼鏡のアナウンサーが答える。

『ではそのアルシャウ……カット? が消えてしまうとは考えられないと』

 別のアナウンサーが確認すると、渋々認めるように、そのアナウンサーが小さく顎を引く。

『それじゃあ、もしかしたらその星は、誰かに盗まれちゃったのかもしれませんね』

 ただ一人、満面の笑みを浮かべた女子アナが、真っ赤な口紅を引いた唇を大きく開いて言い放った言葉は、スタジオにいた面々には苦笑されていたけれど、私は笑い飛ばすことが出来なかった。

 もちろん今だって、朋絵のメールと今朝のニュースの内容に繋がりがあると確信したわけじゃない。

 もしそうだとしたら、あまりにも出来すぎている。

 何より、それでは本当に朋絵が星を盗んだということになってしまう。

 はやく、朋絵に会わなければ。会って昨日のメールについて問い質さなければ。

 駅に辿り着き、階段を駆け上がって改札を抜けると、ホームには市外の学校へ通う高校生たちでごったがえしていた。

 いつもの光景だ。ただ、今朝はぐっと冷えたようで、男女問わずコートこそ着ていないものの、マフラーを巻いた姿が目立つ。

 どの高校の制服も、地味な色合いの野暮ったいものばかりだから、色とりどりのマフラーのおかげで少しだけホームが華やいで見えた。

 私はそんな高校生の集団の脇をすり抜けて、ホームの端を目指す。

 ここ立崎や、高校のある豊ヶ岡なんかは、電車を使うのなんて高校生ぐらいだ。大人はみんな車で通勤するし、小学生や中学生は徒歩か自転車で通える距離の学校に行くのが当たり前で、大学生はそもそもここに留まらず都会に出ることが多い。その方が大学もたくさんあるし、何よりこんな田舎に留まるよりも楽しいのだそうだ。

 姉はたまたま通いたい大学が家から通える距離にあって、姉自身も一人暮らしを嫌がっていたから実家暮らしを続けているけれど、通学にはスクールバスを使っている。

「そういえばさ、あのニュース聞いた?」

 あのニュース。ざわめきの中からふと耳に飛び込んできた気になる言葉に、思わず私は首を捻って声の主を探した。

 声の主は、濃紺のブレザーに身を包み、赤いタータンチェックのマフラーを巻いた、綺麗な長い黒髪の女の子だった。

 あんなに長い髪の子いたっけか。記憶を掘り起こそうとして、早々に私は諦めた。田舎とはいえそれなりの数の高校生がいるんだから、いちいち覚えているわけがない。 

 ブレザーのポケットに手を入れたまま、黒髪ロングの子は隣に立つベリーショートの女の子を肘で突っついて続ける。突っつかれている子は露骨に嫌そうな顔をしていたけど、振り払おうとも離れようともしなかった。慣れているのかもしれない。

「ほら、星が消えたとかいう」

 続けられた言葉に、ようやくベリーショートの子は合点がいったように小さく頷いた。

「それが? どうしたのさ?」

「『どうした?』ってサキはドライだなー。だって星が消えちゃったんだよ? すごくない?」

 どうやらベリーショートの女の子の名前はサキちゃんというらしい。

 サキちゃんはため息を一つ吐く。

「だってあたしにカンケーないし。太陽とか月とかならともかくさ、その消えた星ってやつ、ちっちゃいし肉眼で見るのも難しいらしいじゃん」

「そりゃそうだけどさあ」

「あたし、そんなんより今日の体育が消えて欲しかったよ。なくなんないかな、今からでもさ。雨降ったりして」

 だってこんなに寒いのに外で長距離走だよ? ありえない。

 吐き捨てられた言葉に、黒髪ロングの女の子はやれやれ、とでも言いたそうに肩をすくめる。

 消えた星の話はそれきりになってしまって、話題は昨日やっていたドラマのことに移ったようだった。話題の転換に合わせるようにホームへと電車が滑り込んできたので、私は一番端の扉から乗車する。その二人は同じ車両の後方の扉から乗車したようで、近くに姿は見えなかった。

 そこそこに詰め込まれた高校生たちの間をすり抜けて、私は定位置――運転室の前を陣取る。

 電車の先頭に乗るのが好きな理由は、ここから見える景色が好きだからだ。線路を見るのが好きというのもある。

 学校の最寄り駅は、今乗っているJR稲生いなおい線の上りの終着駅である豊

ヶ岡とよがおか駅で、私の家の最寄り駅である立崎たちざき駅からは四駅目にあたる。

 途中に止まる沢田さわだ深持ふかもち米田よ ねた駅でも同じように高校生が乗り込んできて、徐々に車内もすし詰めになってきたけれど、私には大した影響がなかった。

 初めにとったポジションに立ったまま、電車の行く先に目を凝らす。

 終点の豊ヶ岡とその一つ手前の米田の間には、いつも通過するのを楽しみにしているポイントがあるのだ。

 見渡す限り田んぼしかないエリアを抜けたすぐ先に、そのポイントはある。

 豊ケ岡市内にある米軍基地から伸びている、もう廃線になった線路と、この線路が交錯する場所だ。いつもここに来る度に、私は運転士が間違えて廃線の方に電車を走らせてしまう妄想をする。そしてその妄想の中では、電車のブレーキがかかることなんてなくて、絶対に電車は基地の中に突っ込むのだ。

 もちろん今朝も運転士がそちらの線路に電車を走らせることなんてなくて、定刻通り終点の豊ヶ岡に到着した。残念に思いながらもほっとして、私も電車を降りる。

 学校へは駅から更に歩いて十分ほどだ。

 私が通う豊一トヨイチ――豊ヶ岡市立豊ヶ岡第一高等学校の校舎は三つの棟からなる。

 コの字を左に九十度倒したように配置されたそれらは、むかって左から、A棟B棟C棟と名前がつけられていて、A棟に普通教室が、B棟に昇降口や職員室、図書室などが、C棟に特別教室がそれぞれ固められている。

 A棟の三階、階段を上がって右手に伸びる廊下沿いに並ぶ教室の二つ目。それが私の教室だ。

 二年B組の表示を視界の端に入れながら教室に入る。既に教室にはぽつぽつと人の姿があって、その中には朋絵の姿もあった。

 教室の一番後ろの窓際が私の席で、その隣が朋絵の席だ。朋絵は自分の席についたまま、頬杖をついて窓の外を眺めていた。

 いつものように、胸の下あたりまで伸びた髪は、二つに分けて耳の下で結わえられている。

 小学生みたいだとからかったこともあったけれど、朋絵は身長が低い上に童顔なので、特に違和感がない。

 ランドセルを背負っていたら小学生に間違われるのではないかと密かに私は思っている。

 もちろん本人に言ったことはなかったけれど。

 それにしても、朋絵がこの時間に登校しているのは珍しいことだった。

 電車通学の私と違って、朋絵は学校のある豊ヶ岡市内に住んでいて、更に言えば学校まで徒歩で通える距離に家がある。だから、学校に来るのはいつもギリギリなのだ。

 昨日のメールといい、いつもの朋絵からは考えられないくらい、早過ぎる登校といい。

 やっぱり変だ。朋絵は何を考えているのだろう。

 黒いセーラー服の背中に手を伸ばしかけて、それをやめて、私は朋絵の名前を呼びかけた。

 朋絵はあからさまに肩をびくりと震わせて、けれど声は出さず、肩越しに私を振り返った。

 まるで幽霊にでも出くわしたみたいなリアクションだ。そんなに驚かなくたっていいと思う。

「びっくりさせちゃってごめん。それより昨日のメールだけど」

 詫びるように両手を鼻の前で合わせながら私が言うと、朋絵は口を引き結んだまま、捻っていた首を戻して、スマホのメモアプリを呼び出した。

 画面をタップして文字を打ち込んでいる朋絵の返事を待たず、続ける。

「今朝のニュースでも星がなくなったって言ってたし、本当にあれは朋絵が」

 朋絵がやったこと? そう訊きたかったけど訊けず、私は口を閉じた。

 そんなことを訊くなんて馬鹿馬鹿しいという気持ちと、もし本当だったとしたらどうすればいいだろうという気持ちが胸の中でないまぜになっていた。

 問い詰めたいのにそう出来ず二の足を踏んでいたところで、朋絵がさりげなくスマホの画面をこちらに見えるように机の端へ寄せた。

『いつもの場所で』

 打ち込まれた言葉はたったそれだけだったけど、私は朋絵が何を言いたいのかが分かった。

 少し不機嫌そうな顔をした朋絵にもう一回「驚かせてごめん」と謝って、一足先に指定され

た場所へ向かう。 



 A棟の北階段の四階。そこに屋上へと通じる扉がある。

 と言っても屋上は出入り禁止で常に鍵がかかっているから、わざわざ階段を四階まで上ってくる人なんてほとんどいない。だから人に知られたくない話をするにはうってつけの場所というわけだ。

 朋絵が指定した「いつもの場所」というのがここだった。ここであれば誰にも邪魔されることなく安心して話が出来る。

 通常の鍵だけではなく、南京錠まで付けられた扉を背にして待っていると、少し遅れて朋絵が姿を現した。

 階段を駆け上ってきたのか、朋絵は少し息が上がっていた。呼吸を整えるのを待ちながら、私はそっと朋絵の様子を観察する。

 先週までは紺色のハイソックスを履いていたけど、今朝は黒いタイツを履いている。さすがにハイソックスは寒くなってきたらしい。プリーツスカートは相変わらず膝丈より少し短めで、ややオーバーサイズのセーラー服の胸元にはエンジ色のスカーフが結ばれている。

 靴下がタイツに変わった以外は特に変化がない。少なくとも、私の目にはそう見えた。

 呼吸が落ち着いた朋絵は、次にきょろきょろと周囲を見渡し始めた。身長もあいまって小動物みたいにも見える。齧歯類か何か。リスとかハムスターとかそういう。

「朋絵ってクルミ好きだっけ? もしくはひまわりの種とか」

 依然として周囲への警戒を怠らない朋絵に問いかけると、一瞬だけ朋絵は動きを止めて私を睨みつけた。しかし、睨みつけただけで何も言わなかった。

 それから少しの間、階下からの物音に耳を傾けたり、手すり越しに人がいないかを確認したりしたあと、ようやく口を開く。

「おはよ、みっちゃん」

 そうか、そういえば星のことで頭がいっぱいで、教室では挨拶しそびれたのだった。

「おはよう、朋絵」

 挨拶を返すと、満足したように朋絵が口角をつり上げて笑う。

 そしてその笑顔のまま、手を背中で組んで、挑むように私を真っ向から見据える。

 朋絵の身長が一五〇センチあるかないかなのに対して、私は一六〇センチ代半ばだ。だから朋絵が私と視線を合わせようとすると上目遣いになってしまうのだけど、朋絵の上目遣いはかわいいというよりも妙な迫力があって、こちらがたじろいでしまう。

「嘘じゃなかったでしょ」

 囁くように朋絵が言う。

「あのメール。みっちゃんは悪戯だと思ったみたいだけど、嘘じゃなかったでしょ?」

 首を傾げて朋絵が薄く笑う。さっきまで小動物みたいだったのに、今は猫みたいだ。ネズミを前に舌なめずりしている猫に似ている。

「……まだ、信じてないよ、私は」

 そう易々と信じられるような話じゃない。あんな、変な話は。

「大体星って宇宙にあるんだし、」

 何を当たり前のことを言っているんだ、私は。

 両手を意味もなくわたわたと動かしつつ、どこか面白そうに私の顔を見ている朋絵から視線を逸らして続ける。

「朋絵が盗んだって言ってる星、地球からだと三八九光年離れたところにあるってニュースで言ってた。それってつまり、今見てる星の光は三八九年前のものってことでしょ? それがなくなったってことは三八九年前に行って盗んでこなきゃこういう状況にならないってことじゃん。無理に決まってるよ、そんなの」

 問題や疑問はそれこそ星の数ほどある。そもそも『星を盗む』なんてこと、出来るはずがない。方法だって思いつかない。

「わかった、じゃあこうしよう」

 朋絵が私の鼻先で右手の人差し指をぴんと立てた。

「放課後、盗んだ星を見せてあげる。現物を見たら頭の固いみっちゃんだって納得するでしょ?」

 頭が固いは余計だ。抗議の意味をこめて睨みつけてみたけれど、朋絵はどこ吹く風だった。

「……でも、朋絵が見せるのが本当に星だっていう保証はないじゃん」

 朋絵から星を見せると聞かされたとき、私が思い浮かべたのは隕石のような、ごつごつとした岩だった。

 けれど、もしそれを見せられたとして、私にはそれがただの岩か、それとも本当に星なのかを見分けることなんて出来ない。かと言って、専門の機関に調査を依頼するというのも踏み切れない。馬鹿馬鹿しい話だと一蹴されるのが見えている。

 朋絵はそこまで計算して、適当に拾った岩か何かを星だと言い張って私に見せるつもりじゃないのか。そうに違いない。

「まあそうかもね。でもさ、みっちゃんは星って聞いてどんなのを思い浮かべた?」

 私が正直に、今考えていたことを打ち明けると、朋絵はあからさまにニヤついた。少し腹が立ってくる。

「そんなんじゃないよ。どっからどう見ても、わたしが盗んだ星は星にしか見えないから」

 それってどういうことだ。聞こうとしたところで予鈴が鳴った。

「それじゃあ放課後にね」

 手をひらひら振って、朋絵はさっさと階段を降りていく。私も慌ててその後を追いかけた。

 階段を一段抜かしで降りていく朋絵の、二つに結った髪が着地のタイミングに合わせて大きく揺れるのを目で追いながら、私は朋絵が盗んだという星の正体に思いを巡らせてみる。

 けれど、結局それがどんな姿をしているのか、まるで想像がつかなかった。



 一時間目は世界史だった。

 初老の阿部先生は淡々と授業を進める上に眠っている生徒を放っておく人なので、授業が始まって三〇分も経つころには、クラスの大半が机に額をつけて眠り込んでしまっていた。

 その様子を一番後ろから眺めつつ、私は横目で朋絵の様子を窺う。朋絵も眠そうではあるものの、しっかりノートを取っていた。

 しかし、よくよく朋絵のノートを見てみると、板書を写しているのとは別に、何か走り書きしているのが見えた。

『学校帰り、うちに来れる?』

 私がノートをのぞき込んでいることに気づいて、朋絵もシャーペンの先で走り書きした言葉を指しながら首を捻ってこちらを見た。

「大丈夫。じゃあ校門で待ってる」

 答えて、そういえば今まで朋絵の家に行ったことがなかったのを思い出す。

 朋絵とは高校から一緒になったので、それほど長い付き合いじゃない。

 休みの日に遊んだことはあったけれど、互いの家を行き来したことはなかった。

『わかった』

 朋絵は先ほどのメモの下にそう書き込んで、再び視線を黒板に戻した。

 その口元は緩んでいる。私をからかって楽しんでいるのか、それとも別に、何か笑ってしまうような理由があるのか。

 分からないまま、しばらく私は朋絵の横顔をぼんやりと見つめていた。



 放課後、掃除のために残っていた朋絵を待って、さっそく私と朋絵は連れだって朋絵の家に向かった。

 寂れた商店街を抜けて、子どもの姿が見えない公園を横目に見ながら歩く。朋絵は一言も口を利かなかったし、私も朋絵に話しかけはしなかった。

 朋絵の家に行くのは初めてだったけれど、今歩いている道には見覚えがあった。

 そして見覚えがありつつ、嫌な予感がしていた。

 やっと朋絵が口を開いたのは、田んぼが両脇に広がる線路の踏切前まで来たところだった。周囲には人どころか猫一匹いない。

 ちょうど踏切は閉じていた。カンカンと列車の接近を告げる警報音が聞こえる。

 私は自分の嫌な予感が的中していたことを悟って、でもそれが朋絵にはそれを悟られないように口を引き結んでいた。

「この踏切を越えて、もう少し歩いたら着くから」

 朋絵がぽつりと言った。警報音はどんどん大きくなって、ごうっという音と共に貨物列車が目の前を通っていく。

 私は返事もせずに、目の前を通る赤茶けた色のコンテナをじっと見ていた。朋絵から探るような視線を感じたけれど、気づいていないふりをする。

 ――まさか、朋絵はのだろうか。あるいはあの日、見

のだろうか。

 夏休みの最終日。残暑の厳しさ。そして、そのとき起きた出来事。

 全てを鮮明に思い出すことが出来る。けれど、その記憶のなかに朋絵の姿はなかったはずだ。

 いつの間にか貨物列車は通り過ぎていて、行く手を遮っていた黄色と黒で塗られたポールもはね上げられている。

「みっちゃんどうしたの、ぼうっとして。早く行こうよ」

 先に歩き出した朋絵が、レールの上で器用にバランスを取りながら言う。

 逆光のせいで、その表情はよくうかがえなかった。

 私は自然と顔が強ばるのを感じながら、黙ってレールの上に立つ朋絵の元にかけ寄った。

 辿り着いた先は、こぢんまりとした二階建ての家だった。

 私を玄関先で待つように言って、朋絵はさっさと家の中に入っていく。手持ちぶさたになった私は、高坂と表札が出ている門扉を見るともなく見ていた。

 ほどなくして、二階のベランダに面した部屋のひとつに電気がついたのが分かった。カーテンは閉め切られていたものの、その隙間から光が少し漏れている。

 カーテンを少し開けて、朋絵が首と右手だけを覗かせた。小さく手を振ってきたのでこちらも振りかえすと、朋絵が嬉しそうに笑う。

 僅かに開けたカーテンが再び閉め切られ、ややあって朋絵が玄関先に姿を見せた。抱えるほどもある大きさの何かをオレンジ色のストールで包んで持っている。あれが星なのかと思うと、私は知らず知らずのうちに唾を飲み込んでいた。

 ——いや、本物の星なわけがない。

 はたと私は、朋絵の抱えているものを本物の星だと思い始めていることに気づいて、慌ててその考えを打ち消す。そんなはずはない。

 門扉を開けて朋絵が私の前に戻ってきた。

「お待たせ」

 白い息と共に、朋絵が言う。

「……それが星?」

 朋絵が抱えるそのストールで包まれた何かは、光を放っているのかストールごしでもぼんやりと明るく見えた。

 朋絵が大きく頷く。

「光ってるの分かるでしょ? 光ってるだけじゃなくて暖かいから、湯たんぽ代わりに良いんだよね」

 ぎゅっと抱きしめながら言う朋絵に、私は言葉をなくしてしまう。

 言いたいことはたくさんある。あるけど、どれも言ってしまえば「朋絵が今抱えているものが星だと認めること」になってしまう。

 だから沸き上がる疑問は全部飲み込んで、代わりに一つだけ要求する。

「……とりあえずさ、それ、ちゃんと見せてよ」

「そうだった、ごめんごめん」

 悪びれずに言って、朋絵がプレゼントの包みを解くように丁寧にストールを外していく。

 徐々に中身があきらかになるのを、私は固唾をのんで見守っていた。

 赤みがかった黄色に発光する、文字通り星形をした何か。

 ストールを取り去って姿を現したのは、インテリアのライトとしてありそうな、そんなものだった。

 なるほど、たしかに形としては星以外には見えない。

「固そうに見えるけど、意外と柔らかいんだ、これ」

 言いながら朋絵がぎゅむぎゅむと「星」を両手で握ってみせる。しかし、「触ってみる?」とは訊かなかったし、私も要求はしなかった。

「私には光る星型のクッションか、ルームライトにしか見えないんだけど」

 言葉を選びに選んで、やっと私はそう言った。

 朋絵も「そうだろうね」と頷く。

「でもこれは、確かに星だよ。間違いなく」

「じゃあどうやって盗んできたの?」

「それは秘密」

 あっけらかんと言い放つ朋絵に、思わず私は脱力してしまう。

 確かに星がなくなったというのは事実だ。そして、そのニュースが公になる前に、朋絵が私に星を盗んだと言ってきたのもまた、事実だ。

 本当に、朋絵は星を盗んだのだろうか。

 だいたい、私は盗まれた星の姿がどんなものかを知らない。土星やら木星やらはすぐにそのビジュアルをイメージ出来るけれど、朋絵が盗んだというアルシャウカット――やまねこ座の三一番星がどんなものかは分からない。

 ただ一つ言えるのは、星は触って温かいで済む程度の温度ではないはずだということだけれど、それを言いだしたらだっておかしい。

 おかしいことだらけなのに、目の前にあるそれは、そんな反論をまとめて突っぱねるような強烈な存在感を放っている。

「みっちゃんも色々言いたいことがあるだろうし、信じられないだろうけどさ、星がなくなったのは事実でしょ」

 朋絵が諭すように言う。

 おかしなことを言っているのは朋絵の方なのに、どうして私が窘められているんだろう。

 腑に落ちない。

「じゃあ、一個だけ。一個だけ訊いていい?」

 せめてもの反撃のつもりで言うと、朋絵がどうぞ、と言うように首を傾げた。

「どうして盗んだの? 盗んでどうするつもり?」

「どうして、ねえ」

 ストールで『星』を包む手を止めて、朋絵が思案顔になる。

「理由は教えてあげない。盗んでどうするつもりか……うーん、そうだな」

 ぐるぐるとストールで包まれてもなお、『星』の放つ光は布越しにじんわりと漏れていた。

「さっきも言ったけど、湯たんぽにちょうどいいんだ、これ。寒くなってきたし、しばらくは湯たんぽ代わりにでもしよっかな」



 ――そういえば、天気予報では夕方から雨が降ると言っていたけれど、結局降らなかった。

 空を見上げると、ところどころ雲がかかっているものの、すぐに降り出しそうではない。

 これなら家に帰るまでは天気がもちそうだった。

 朋絵と別れて学校の最寄り駅までの道を歩きながら、私は朋絵が抱えていた『星』と、朋絵の言葉を何度も頭の中で蘇らせていた。

(朋絵は駅まで送ると言ってくれたけど、道は以前にも一度通ったことがあった上、単純で覚えやすかったし、何より一人で考えたいことがあったから断ったのだ)

 そもそも朋絵が見せてくれたあれが本物の星なわけがない。そう頭では思っているのに、ど

うしてもどこかであれは本物で、朋絵がなんらかの手段を使って盗んだのではないかという考えを打ち消せずにいた。

 その場合、気になるのは——方法もだけど——何より目的だ。

 朋絵は盗んだ理由を言わなかった。けれど、盗んだ星の扱いは特に考えていないようだった。

 つまり、盗んだ星を使って何かしたいことがあったとか、そういうわけではないらしい。

 盗むこと、それ自体が目的なのだ。きっと。

 ではどうしてだろう。星を盗むことで、一体何が得られるのか。

 気づくと私は踏切の前まで戻ってきていた。行きと同じように、踏切のポールは降りていて、間の悪さに顔をしかめる。

 大した本数があるわけではないはずなのに、どうしてこうも引っかかってしまうのだろう。

 カンカンカンと、列車の接近を知らせる警報音が鳴り響く。不気味な音だ。

 今度やってきたのは貨物列車ではなかった。銀色の車体に青い線が入った、いつも通学時に乗っている電車だ。

 通り過ぎる車窓から見える下校中の高校生たちの顔を見ながら、私はただ、耳に刺さるような警報音が早く止まれと心の中で念じ続けていた。


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