第334話 トップの役目ってもん

 本部に戻れば、何やらざわついた雰囲気だった。

 誰が何かを騒いでいるのではなく、大勢の者が様々な声をだして、笑ったり動いたりをしている。そういった雰囲気だ。どうやら講習会が終わったことの安堵と気の緩みが原因らしい。

「兄貴、お疲れ様っす!」

 一番のざわつきの原因っぽい奴が走ってきた。

 そのチャラ夫は、おどけた様子で敬礼をしてみせる。相変わらず茶髪の調子の良さげな顔をしているが、支給された戦闘服を上手く着崩して似合っている。顔立ちから少し子供っぽさが抜け、陽気さはそのままに、多少は大人びてきたようだ。

「すんませんっすね、なーんか兄貴たちにばっか、苦労させてしまったっす」

「そっちも大変だったろ。どうだ、会議という名の大人の洗礼は」

「疲れたっす……マジ疲れたっす」

 うおおんっと態とらしい泣き声をあげ、抱きつきしがみついてくる。周りは笑っているが、これには亘の方が困ってしまう。

「やめろ、抱きつくな」

「そんなぁ、兄貴。しどい、しどい。あんなにも一緒で、慰めてくれた日々を忘れたんっすか。俺っちは哀しいっす! バカバカ兄貴のバカ、もう知らない」

「暑苦しいんだよ」

「へーい。でも、疲れたのはマジっすよ」

 今まで騒いでいたのが嘘のように、ケロッとした顔で笑っている。

 これには亘は呆れ顔だ。

「ほんっと、意味のない会議ばっかっすよ。先に全部説明してんのに、同じ内容の会議するとか、なんなんすかね。しかも俺っちが発言すると、予定にない発言は駄目だって怒られるし」

「会議ってのは儀式だからな」

「頭にきたんで、ガルムのスキルで皆を踊らせてやったんすよ」

「そういや、そんなスキルもあったな」

 脂ぎったおっさんたちが会議室で、ガルムと一緒に華麗なステップを踏む光景を想像した。とてもシュールだが、案外と映像的にはうけるかもしれない。

「そりゃそれとして、聞いて欲しいっす!」

 チャラ夫は纏わり付くように話してくる。

 最近はすれ違いが多く会う機会は少なかった。だから寂しかったのか、なかなか放してくれない。一緒に来た志緒やヒヨは片付けに移動し、その他の職員や隊員もそれぞれの仕事に移っている。神楽とサキは七海が連れて行った。

 どうやら気を使って二人きりにしてくれたようだ。

 まあ嬉しいと言えば嬉しい。


「何でか知らんっすけど。俺っちがスーパー凄い奴扱いになっとるんが、どうにもこうにも納得いかんっす!」

「いいじゃないか望み通りのヒーローだぞ。ほら喜べ」

「いやいや、今日も兄貴たちが工場を確保したっしょ。それでまた俺っちが感謝されたんっすよ。おかしいっしょ!? 少しも手伝ってないんすよ!」

「そういうもんだろ」

 組織という枠組みで行動していれば成果は組織全体のものとなるのは当たり前。組織の駒が逐一顕彰されては、時間と手間ばかりかかってしまう――そう思った亘だったが、少し考え直した。

 チャラ夫の青臭い意見に感化されたのか、確かにおかしい。

 頑張った者は報われねばいけない。苦労した者が蔑ろにされ、組織のトップだけがトップだから称賛されては、やりがい搾取だ。誰だって褒められたいし認められたい……が、しかし。理想で現実を否定するほど亘は愚かではない。

「そう思うなら……そう思うのなら、チャラ夫が皆に感謝すればいい」

「俺っちが?」

「お前は組織のトップだろ。そのトップが、頑張った者に感謝すればいい。君の頑張りで、こんなに感謝されましたと一人一人に伝えればいいんだ。皆の前で名前をあげて褒めるのも良いもんだ。きっと本当は上の者は、そういうことをしないと駄目なのだろうな」

「そうっすか。俺っちに感謝されて嬉しいっすか?」

「嬉しいものさ。今だって、こうしてチャラ夫と話すのも嬉しいからな」

「兄貴ぃ……」

「チャラ夫……」

 もじもじと照れるチャラ夫は潤んだ瞳で頬を染め、これに見つめられる亘も困り顔。二人して言葉も無く見つめ合ってしまう。麗しい友情のようなものだ。

 そこに整然とした足音をさせて、正中がやって来た。

「ああ、ここに居たのかね。ところで君らは、何をしているのかね」

「主に感謝という感情の共有ですよ」

「なるほど。ところで政務官殿から、少し確認したい事があるそうだが」

 途端に亘はチャラ夫を突きだした。

「そうですか、チャラ夫頑張ってこいよ」

「ちょっ、それは酷す!」

「これもトップの役目ってもんだ。はっはっは、気の毒にな」

 しかし正中は笑う亘の肩を叩いた。

「ご指名は君だよ」


◆◆◆


 橋詰という政務官は意外に若かった。

 事前に正中から聞いていた話では、幹部級の中でもやり手の人物だそうで、橋詰派とも呼ばれる勢力を持っているらしい。それだけに扱いが難しく、正中も橋詰の要請を無碍にできなかったというわけだ。

 見るからに高級そうなスーツを隙なく着こなし、細身の颯爽とした目付きの鋭い人物だった。面倒見が良く人情に厚いタイプは顔が濃いと信じる亘は、橋詰を人情に薄いタイプとみた。

「お座りなさい」

 慇懃は仕草に促されソファに腰掛け、向かいに座った橋詰が何を話すのか、心の中で身構えた。

「あなたは、これから先の復興について。どのようにお考えです?」

「はぁ……?」

 いきなりの問いに戸惑い、我ながら間抜けだという声をもらしてしまう。これに対し橋詰の顔に薄い笑いが浮かんだ様子に気付き、どうやら見下されたと察した。

「よろしいですか? 我々行政というものはですね、良い意味でも悪い意味でも、アニメのヒーローではないんです。ただ目の前に現れた敵を倒せばいいとか、物事はそんな単純でないんですよ」

「それは……そう思います」

「我々のような国を動かす立場の者は、普通の人と違って、常に先を見据えねばならんのです。今回の場合であれば、この後に控える復興というものですね。これをどうするかという視点が不可欠なんです」

 なんとなく話が変な方向に行きそうで、亘は嫌な予感がしてきた。

 これは面倒な上司――目の前の仕事に追われて必死な現場に対し、次へ次へと理想と課題を押し付け、追い立てる上司にそっくりだ。きっと予感は間違いではない。

「あなたも、御自分の派閥というものを持つのであれば、そこをよく考えなさい」

「派閥? なんの事ですか」

「そこで惚けられましても、困ってしまいますが。まあ、いいでしょう。それよりもです。あなたは行政的な観点として、復興というものを、どう考ているんです?」

「…………」

「そこで黙られてしまうと、私は困ってしまうんですけどね。あなたも一応は行政マンでしょう? これからの復興にむけ、どのように悪魔対策を行っていくべきなのか。頭の中に道筋というものはないんですか」

「はあ……それは……」

 ないと答えるにはプライドが許さず、亘は曖昧な声を出すばかりだ。

 だがしかし、たかが末端の一構成員に復興の道筋など思い描けるはずもない。それが役割でもないし、思い描いたところで権限がない。そもそも末端が意見を持てば、船頭多くして何とやら、物事が進まなくなる。言われた事を言われた通り、右から左に処理するのが清く正しい公務員。

 理想を持って仕事をする事ほど、愚かなことはない。特に公務員にとっては。

 しばし沈黙を挟んだあと、橋詰は露骨な息を吐き、さも仕方なさそうに口を開く。

「この場合であれば、私は二つの道筋があると考えるわけです。まずは住民の居住地を確保すべく、悪魔を倒し安全圏を広げていく。もう一つは食糧や資材を確保すべく、インフラ系を整えるため悪魔を倒していく。あなたの思い描くのは、どっちなんですか?」

 亘は小さく唸った。

 正直に言って、どっちだっていい。だが、そうと言えないのが辛いところだ。長年培われた下っ端根性は、こんな時でも真面目に対応してしまう。


「そうですね、やはり居住地の確保でしょうか」

「なるほど。では、インフラはどうでもいいと? 住む場所さえ与えておけば、あとは人々が好き勝手に、自分でなんとかしてくれって考えなんですか」

「ではインフラ系を確保ですか?」

「そうですか、では人々には今のままでいてもらうと? いつまで不自由な生活を強いておくのか、その解消時期はいつなのか。あなたは、その辺りの不満をどうやって抑えるのか、何か考えがあるんでしょうか」

「では、居住地を確保しつつインフラを整備するとか?」

「あのですね、そんな事ができるだけの余裕が我々にあるとでも? さっきから聞いていれば、とぼけているんです?」

 一方的に言われ、しかも尽く否定されてしまって、亘は困惑するばかりだ。しかも橋詰の口調や態度には、どことなく愉悦感に浸りながら見下してくるようなものがある。これまでに遭遇した、パワハラぎりぎりラインを攻めてくる上司にそっくりで、亘はトラウマを刺激され気分が萎えていた。

「はあ……」

「同じ悪魔を倒すにしても、そこにどういった理念があるのか思想があるのか。それによって時々の対応が違ってきますよね。では、お聞きしましょうか。あなたは、どういった考えを持って悪魔を倒しとるんです?」

「…………」

 DPを換金するためと戦うのが楽しいからだが、それを言うべきかどうか迷う。バカにされるからではない。きっと何を言っても否定されると分かるからだ。

 橋詰はソファの上であぐらをかいた。

「ですからね、そこで黙られると困ってしまうんです。あなたは、何も考えずに言われたから戦っとるんですか? そんなのは行政マン以前に、人としてありえんでしょうに。それとも本音は見せられないとでも?」

 いきなり否定され、心の中で苛立つが顔には出さない。同時に橋詰の言っていることも――言い方は気に入らないが――多少は理解できる。国という組織の人々の生活を預かる立場であれば、場当たり的な対応は許されない。戦っている最中から、戦い終わった後を考えねばならない。

 目の前の敵を倒して、それで大喜びするのは子供の世界。

 現実はもっと厳しく面倒で、そして複雑だ。

 だがしかし、亘はDPが欲しくて戦っていただけなのだが。

「ここに呼んで、その話をしたのは何故です?」

「お互いの派閥で協力しあう事もあるでしょうし。あなたの考えを確認したかっただけですよ。上手くはぐらかされてしまいましたがね。見かけによらず策士ですね」

 だから派閥とはなんなのか、亘は考えたがさっぱり分からなかった。

 しかし橋詰は勝手に期待して、勝手に失望して、勝手に納得している。

「…………」

「ですから。そこで黙られてしまうと、私は困ってしまうんですけどね」

 橋詰の口調は冷ややかだ。

 亘は何とも言えない理不尽な気分になり、そそくさと部屋を後にしたのだった。

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