第321話 夢の前に死にそうな気がします

 十字路の真ん中で、亘は頷いた。

「ここならいいかな」

 一旦停止の白線がある道路の両側には平屋の住居があり、それに対す反対側は耕作放棄地と駐車場。住宅街の中にあっては少し視界の開けた場所だ。

 一緒に移動してきた木屋は、呆れとも感心ともつかない表情をみせている。足元にいるケルベロスのスナガシは、老犬の姿の通り木屋に付き従っているが、こちらは若干の怯えをみせていた。

 どちらも亘を見ては、その反応だ。

 なぜなら誰だって思うだろう――鉄パイプを軽々と振り回し、現れた悪魔をいとも容易く殴り倒したり、しかも倒す前に押さえ付け手招きして攻撃させたり。そんなことをする相手に対して、強くて頼りにはなるより空恐ろしいと。

 だが、亘は自分がどう思われているかなど気付いていない。

「とりあえずレベルは幾つになりました?」

「そうですね、レベル5になってます。ところで、こんな簡単に上がってしまって良いものなのでしょうか。些か、簡単すぎる気がするのですが」

「あまり良くないです」

 亘は木屋の人となりを大雑把に判断している。礼儀正しく常識的で倫理観もあって――特に、あの問題児の入鹿に接した後なので――まっとうな人間だと。

 だから仲良くなりたいと一生懸命だ。

 最近はさておき、これまでの人生は誰かと仲良くなれたためしがない。喧嘩したり険悪になるわけではないが、一定以上には親しくなれず当たり障り無い関係しか築けなかった。

 たとえば職場では同僚と普通に会話できる。

 できるがしかし、それも職場という枠の中で話題は仕事関係ばかり。プライベートに関わるような突っ込んだ話はせず、当たり障りない範疇でしかない。

 簡単に言えば、知り合いにはなれても友達にはなれないといった感じだ。

 それでいて、あまり関わり合いたくない相手――たとえば高田係長など――には、まとわりつかれ弄られるばかりだった。

 だから他の人みたいに気心知れた普通の友人が欲しかった。


「レベル以外の部分が育っていませんからね」

 木屋と仲良くなりたい亘は、勢い込むぐらいの調子で頷いた。

「強くなっても、それを活かす戦い方が身についてないわけですよ」

「なるほど、それって喩えるなら車の運転みたいなものってことでしょうか? スペックの高い車も、乗り手の技術がなければ乗りこなせないような。すいません、これはあんまり上手い喩えではないですね」

 頭を掻く木屋の様子に、亘は話題を見つけ張り切った。

「車が好きなんですか?」

「そうですね、車と言うよりドライブです。いつかまた、家族とゆっくりドライブをしたいなぁ。もちろん、スナガシをのせて。その為にも世の中を平和にしませんと」

「えーと、なるほど……そういうの良いですね」

 亘は話題を上手く繋げられなかった。

 まず車関係の知識もなく、家族団欒なドライブの良さも知らず、そもそも上手く話そうといった意識だけが先行して思考が空回りしてしまっている。

 だから何をどう言って良いのか分からず、言葉が出て来なかったのだ。

「……まあ、なんでしょうか。その夢の為に頑張りましょうか」

「そうですね、家族のためにも頑張りますよ」

「では、これをどうぞ」

 亘は手にしていた鉄パイプを差しだした。

 全長は右の肩先から左の手首かそこらまで、つまり二尺四寸かそこらの刀の刃先から茎尻までの長さと同じ。一番取り回しやすい寸法だろう。

 何度もの戦闘によって歪みや曲がりもあり、表面は削れ傷がついている。


 使い込まれた鉄パイプを受け取った木屋は、ズッシリとした手応えに戸惑い顔だ。

「あの? これで私にどうしろと……」

 もちろん、木屋も鉄パイプで悪魔を屠る亘の姿を見ている。

 だから渡された意図は察せるのだが……しかし人には、分かっていても分かりたくない時がある。たとえば猛烈に嫌な予感のする時などに。

「悪魔を捕まえてくるので倒して下さい。鉄パイプをしっかり握るのがコツです」

「えっ?」

「最初は従魔と一緒で構いませんが、途中から自分一人で倒して貰います」

「えっ? ちょっと待って下さい、その一人でってスナガシは?」

「スマホに戻すか横で待機ですかね。とにかく、その……木屋さんには」

 相手の名前を呼ぶのに、亘は思春期の少年の様にはにかんだ。

 照れ隠しに視線を逸らし、耕作地に密集する青々した雑草を見やったりしている。

「とにかく戦い方を身に付けて貰います」

「戦い方って……?」

「さっき言った活かす戦いです。たとえば、死にそうな時なんて頭が真っ白になるわけです。そんな時に動けるようになるには、とにかく戦って場数を踏むしかないですから」

「それは、そうかもしれませんが……私が戦う前提なんですね……」

「そうです、そうなんですよ。場数を踏めば生き延びる可能性が少しは増えます。だから本気で戦って下さい。その後は軽く異界の主、いまは大型悪魔とか呼ばれてますけどね、それと戦って貰いますから」

「まさか……それも一人で倒せと!?」

 木屋は驚愕と恐れを混ぜたような態度で後退った。足元のスナガシは勇気を振り絞り、庇うように前にでたが、その尻尾は完全に足の間に挟まれている。

「大丈夫ですよ、従魔との連携も大事ですから。一人で戦うのは、もう少しレベルが上がってからです」

「やっぱり一人で倒すわけですか!?」

「大変かもしれませんが、自分も同じ様にして戦ってきました。レベルが低いままでは、夢も叶いませんからね」

「夢の前に死にそうな気がしますが」

「悪魔と戦えば確実に強くなれますよ、もし怪我をしても……今日は神楽はいなかったか。まあ、そうですね。本部に戻るまで死ななければ助かります、多分」

 亘は大問題を誤魔化すように笑い、やる気を現すように両手を擦り合わせた。耕作放棄地と駐車場のどちらが戦いやすいか見比べ、路上に倒れ込んだ電柱や塀の残骸を取り除くべきかを考え込んでいる。

 一方の木屋は、拒否して逃げるべきか迷っている。

 そして、いよいよ亘が悪魔を探しに行こうとするのだが――そのタイミングを見計らっていたのだろうか、呼び止めるように低い声が投げかけられた。


「ちょっと待ってくれないか」

 亘は軽く眉を寄せた。普段は神楽やサキに周囲の警戒をして貰っているため、そうした方面が疎かになっていたことに気付いたからだ。

 反省しながら視線を向けると、平屋の崩れたコンクリート塀の向こうから見覚えのある相手が姿を現すところだった。年齢は五十か六十ぐらいで背が高く大柄、歳を重ねた厳つい顔は彫りが深く日に焼けている。

 今日の訓練開始前に小煩い入鹿を叱りつけた相手だった。

「あっ、どうも。確か……ええっと……」

 全員の召喚に立ち会うなどで顔は覚えているが、しかし名前は出てこない。そんな亘の様子に、男は直ぐに気付いたようだ。それでいて気にもせず、気さくな様子で手を挙げる。

「俺は大宮、大宮大司郎だ」

「そうでしたね、大宮さんでした」

 亘はさも軽く失念していた様子で頷いた。

「どうかしましたか」

「悪いが今の話をきかせて貰った。俺は悪魔を六体倒したところだが、大してレベルは上がっちゃいない。だからな、その強くなれる戦闘訓練ってのに俺も一枚噛ませちゃ貰えないか」

「はあ」

「俺は強くなりたいんだ、強くなって悪魔と戦いたい」

 この大宮はヤバイのではないかと、他の人からそう思われている亘は思った。

 だが、大宮はゆったりと笑って拳を握りしめた。

「今の世の中はこんな風になっちまって、子供まで戦いに駆り出されようとしてる。だが、俺はそれは違うと思う。命なんてぇものは俺たち大人が懸けるもんだ。子供にそんな事をやらせるべきじゃない!」

「まあ、そういう意見もありますね」

 亘としては多少反論したいところはあった。しかし自分の考えをぶつけることが面倒なので、これまでの人生同様にとりあえず同調しておいた。

「子供を戦わせるなど間違っていると思うが、これに文句を言ってもどうにもならん。だから俺は戦う。少しでも強くなって、少しでも悪魔を倒してやる」

「…………」

「だから頼まれちゃくれないか。俺はな、どうしようもない人生を生きて、人に迷惑ばっかかけてきた。でもな、今ようやく命の使い道ってのを見つけた。どうか頼む、俺を強くしてくれ」

 深々と頭を下げる姿を前に、亘は言葉をつまらせた。

 人は基本的に頼られると応えたくなるもので、誰かの役に立ちたいという性質がある。亘は少々捻くれているとはいえ、その性質がないわけではない。否、これまで頼られる経験が少ないだけに、頼られると嬉しくなってしまうぐらいだ。

 この大宮の思想や行動原理は少々理解できないが、そんな事はどうでもよかった。

「強くなるのは大変ですよ」

「構わん」

「死にそうな思いをしても?」

「望むところだ」

「では、木屋さんと一緒に頑張って下さい」

 気付けば空は曇り、上空には強い風があるらしい。雲の合間に見え隠れする太陽が光を差し込み、薄暗さと明るさが交互となる。辺りにも少し強めの風が吹き、木立を揺らす。

 木屋は生唾を飲んだ。

 とても止めるとは言えない雰囲気の中で、果たして生き延びることができるのだろうかと恐ろしく不安だ。しかし、スナガシが――昔からそうしてくれたように――軽く顔をあげ指先を舐めてくれる。

 だから、自分の夢を胸に宿し気合いを入れた。

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