第313話 ちゃんとした人ってどんな感じ

「では、改めて自己紹介しましょうか。私は長谷部志緒、NATSで悪魔対策を実施しています。もちろん、皆さんがこれから使うことになるデーモンルーラーを使用しています。今後、何か分からないことがありましたら、気軽に相談して下さい」

 志緒は皆の前ですらすらと述べた。

 堂々とした態度ではあるが、普段より若干早口である。それに気付いた亘は、やはり誰しも緊張するものだと安堵した。

 そんなことを思っていると、なぜか志緒が見つめてくる。

「ん?」

「自己紹介、お願いします」

「ああ……」

 それを全く失念していた亘は言葉を濁しつつ頷いた。

「どうも、五条亘です。デーモンルーラーを使っています。よろしくお願いします」

 会議室の前方に立っているが、受講者たちが一斉に視線を向けてくる。そこに探るような雰囲気を感じて若干だが気圧され、端の方で軽く頭を下げるに留めておく。これであれば、悪魔の数百匹を前にした方が、よっぽど緊張しない。

「一文字ヒヨです。私はNATSの所属ではなくって、別のアマテラスという組織の者なんです。アドバイザーとかアシスタントということで協力しますので、どうぞよしなにお願いいたします」

 ヒヨはすらすらと述べた。

 気負いのない態度で、普段と少しも変わりのない口調である。それに気付いた亘は、やはり緊張しない者もいるのだと感心した。

 志緒はサキにも視線を向けたが、そちらは我関せずと集まった人間たちを眺めているばかり。相手が相手のため、それ以上は催促も出来ず説明を再開した。

「では説明を行います。ですが、あまり時間がありません。だから午前中は一方的に話をする内容となります。退屈に思うかもしれませんが、皆さんの今後の活動に関わること。つまり、御自身の身の安全に繋がる内容になりますのでしっかりと聞いて下さい」

 志緒はテキストと、正面に投影された画像の両方とで説明を始めた。

 皆の視線が他へと逸れた隙に、亘はそそくさと会議室の後ろ側へと移動した。そして足元に纏わり付くサキの頭を撫でながら室内を眺め渡す。そして用意しておいたクリップボードを手に、何やらせっせと書き込みを開始したのであった。


 昼になってチャイムが流れた。

 学校などで流れる鐘の音を模したシンプルなものだが、途中で途切れたり雑音が入ったりしている。この状況下でまともなメンテナンスが行われないこともあるが、他の公共施設と同様に設備が老朽化しているらしい。

「それでは各自、食堂で昼食を取るようにして下さい。昼の休憩時間を挟んで、またこの場所で講義を行います。次のチャイムまでに席に戻るようにして下さい」

 志緒の言葉の途中から、ぞろぞろと人が移動していく。

 真っ先に飛びだしていく者もいれば、時間をずらすためかゆっくりしている者もいる。仲間同士で騒いでいる者もいれば、一人暗い顔で歩く者もいる。もちろん会議室の机に座ったままテキストを読み込んでいる者もいた。

「私たちも食事ね。さあ、行きましょう」

「食堂は混んでいそうだが?」

「大丈夫よ。控え室に用意して貰えるように頼んでおいたから」

「気が利くことで助かるよ」

 廊下に出て連れだって少し歩く。

 受講者の何人かとすれ違い、それに軽く頭を下げ移動。講師控え室と張り紙されたドアを開けると、こぢんまりとした和室だった。

 靴を脱いであがるのだが、入口脇には小さな冷蔵庫と、その上に給湯ポットが置かれている。四畳半の畳にはテーブル一つと座布団四つ。プラスチックのトレイに載せられた昼食が用意されており、まだ湯気が出ている。

 どうやら、誰かが丁度良いタイミングで運んできてくれたらしい。

「疲れたわ。人前で喋るのは苦手なのよね」

 志緒は大きく息を吐いて座り込んだ。

 狭い部屋に、気心の知れた者だけ。あまり使われていないらしく、少し埃っぽいようなカビっぽいような臭いを感じる。嗅覚の鋭いサキは顔をしかめているが、亘としては大して気にならない程度だ。

「そうか、とてもそうは見えなかったが」

「あら、ありがとう。そう言って貰えると嬉しいわ。褒めてくれたついでに、五条さんが説明を代わってくれると嬉しいわね」

「絶対に嫌だ」

「そう言うと思ったわ」

「期待に応えられて良かったよ」

 亘は断言しながら座布団に胡座をかいて座った。すかさず隣にサキが来て両足を投げ出し並んでくる。しかも亘の膝を手掛けにして、もたれるぐらいの距離であった。

 ヒヨも志緒に並んで正座し、揃って食事がはじまる。

「へえ、魚フライか。最近だと珍しいな」

「防衛隊の艦船が漁船と一緒に漁に出たそうよ」

「海の悪魔は大丈夫だったのか?」

「多少は損傷したらしいわね。でも、案外と上手く運用が――」

 ざっくばらんに食事を続けるが、ヒヨは躾けよろしく丁寧に噛んで味わっているため何も喋らない。サキは大喜びで勢い良く綺麗に食事をしているが、こちらは食べる事に集中しているため喋るどころではなかった。


「ところで、講習会の人たちをどう思うかしら」

 志緒がお茶を用意しようと立ち上がりかけると、それを止めてヒヨが代わりに動いた。その嬉しそうな仕草からすると、どうやらお茶を煎れることが好きらしい。

「概ねは良い感じだな。ただし、何人かは注意するべき者もいるが」

「そうなの? 私は気付かなかったわ」

「ちょっと待ってくれ、その辺りをまとめておいた資料が……よっと」

 言って、亘はクリップボードを手に取った。

 そこで軽く両手を挙げたのは、サキが足の間に入り込んで来たからだ。微妙にお尻を動かしポジショニングをして、どっかり腹にもたれ掛かってくる。そして辺りを見回すのだが、まるで何か誰かの余計な邪魔が入るのを待っている感じもあった。

 亘は気にせずクリップボードに挟んであった紙を捲り、内容を確認していく。

「十番と十七番は最後に椅子を元に戻さなかった。二十番は靴の踵を踏んでいた。一番は貧乏揺すりをしていたし、二番と八番は頭がふらふらしていた。あと、十一番と二十二番は頬杖を突いて聞いていた。十八と十九番は小声で私語をしていたが、特に十八番はダメだな。他の事項に加えて大欠伸が妙に多かった。こいつには特に重要な仕事は任せないようにすべきだな」

 呆気にとられたらしい志緒は、何度か瞬きをしている。

「……なにそれ、どういう事なのかしら」

「注意すべき奴かどうなのかを判定しただけだが」

「それは話の流れで分かるわよ。それより、どうしてそんなことが言えるのよ。だいたいね、貴方が言ったことって凄く些細なことばかりでしょ。それで人を判断するなんてナンセンスよ」

「そうでもないだろ。おっと、ありがとう」

 亘はお茶を用意してくれたヒヨに軽く頭を下げておく。

「人間てのは普段の姿や格好や動きとかに、考え方や性格が出るものだろ」

「それは……そうかもしれないけれど……流石に極端すぎよ」

 志緒はあきれ果てた口調だ。同意を求めるように、隣に座り直したヒヨを見やるが、そちらは判断に困るといった様子で首を傾げるばかりだった。


「極端かもしれないが、講習会の一つも真面目に聞けない奴に、大事な局面を任せられるのか? しかも普通なら緊張して態度を取り繕うような時にだぞ」

「だからって、細かすぎるでしょ。もっとじっくり人を見るべでしょう?」

「悪魔と戦う時に分かっても仕方がなかろう。周りにとっても、本人にとっても不幸にしかならない。今の態度をみて、ちゃんとしてない人だと判断しておくべきだ」

 亘はバインダーを前へと押しやった。後は膝の上のサキを抱えてくつろぐのみだ。それに対し志緒は微妙に困った様子で受け取るかどうか迷っている。

 ふいにヒヨは居住まいを正した。ちょこんと正座をして真正面から見つめてくる。

「五条さんの思う、ちゃんとした人ってどんな感じです? 私、知りたいです。特に他意はありませんですけど。ええ、特にありませんよ。でも私は五条さんの思うような、ちゃんとした人になりたいなーと思ったりするわけですが」

「ちゃんとした人、か」

 改めて考えると、直ぐには出て来ない。

 悪い方向の評価は簡単でも、良い方向での評価は難しいのである。

「それは頭がいいとか、立派な信念があるとか……じゃない。きっと、もっと簡単なことだと思う……つまり人の話に耳をかたむけられるかどうか、それだけだと思う」

 ヒヨは湯飲みを両手で抱え小首を傾げた。

「えっと、それ随分と普通ですね」

「そうでもない。世の中には、それが出来ない人の方が多いから」

「私は……どうでしょうか? 出来ていますか?」

「もちろん」

 亘が頷くと、ヒヨは笑顔の中の笑顔としか言いようのない笑みをみせた。この眩しいような顔を前に、亘こそ自分はそれが出来ているのだろうかと不安になってしまう。偉そうな事を言って、自分が出来ていないなど最高に恥ずかしいではないか。

 だから誤魔化すように言葉を続ける。

「とりあえず何か問題を抱えている人ってのは、それなりの特徴があるってことだ」

 もう一度、バインダーを志緒へと押しやった。

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