第287話 なかなか使い処が難しい

 重厚感のあるモスグリーンの車が片側一車線の見通しの良い道路を進む。

 ただし車線を跨いで中央を走るのは、通行の支障となる瓦礫や放置車両が両端に寄せられ道幅が狭いためだ。

 前方に、その作業が見えてきた。

 油圧ショベルのバックホーが爪付きバケットで瓦礫を持ち上げ横に寄せ、ホイールローダーが放置車両を横に押し退ける。それだけなら災害復旧の工事に見えるが、交通誘導員の代わりに銃を所持する防衛隊が立っている点が大きく違う。

 道路が使えねば物資も運べず救援にも行けない。

 だから道路管理者たる国土交通省が陣頭指揮を執り、地元建設業者と協力しながら道路啓開を実施。文字通り命懸けで作業にあたっているのだ。

 なんにせよ道は通行止め状態。

 車両は手前で停止すると、助手席の隊員が状況を確認しに小走りで行った。

 敬礼を交わし、なにやら話し込んだ後に戻って来る。

「どうやら一戦闘あったらしく、作業が遅れているようですね」

「参ったな。ここが通行できれば楽だったのだが、少し戻って市道で迂回するか」

「通れるかは分かりませんよ」

「いや案外と行けるかもしれない」

 運転席と助手席で地図を広げ相談する様子を、亘は後部座席からお客様気分でそれを眺める。隣りではチャラ夫が上を向き、口を開けての爆睡中。日頃の疲れが溜まっているのか全く起きる気配もない。

 膝上のサキを抱えながら身を乗り出した。

「すいません、この辺りの土地勘があります。その市道は地元の抜け道になって交通量が多いところです。しかも途中かなり狭い。下手すると塞がっているかと」

「うーん、作業完了の見込みは二時間ぐらいだそうですよ」

「二時間ですか。そうするとダムに到着して戻ると遅くなりそうですね……定時までには戻りたいところですが」

「…………」

 これから竜を倒しに行くはずが、どうして定時を気にするのだろうか。隊員たちは何とも奇妙な気分になっている。

 亘は頷いた。

「通れるように少し手伝いますか」

「手伝うと言われましても……何もできませんよ」

「あ、大丈夫なので。コレを使いますので」

 亘はドアを開け、膝の上を占拠するサキの両脇に手を差し込み持ち上げた。もちろんジタバタと暴れ元の場所に戻ろうとする。だが、そのまま外に出た。

「ほれ、行って道を開けてこい」

「やだ面倒」

「そうか今度から神楽を連れてくる――」

 みなまで言い終えるより早く、サキは亘の手から飛びだし走りだした。


 それは見事までな走りっぷり。途中の車を踏み越え大きくジャンプ、空中で大きな狐の姿になると勢いそのままに突っ込んでいく。

 前方で悲鳴などの騒ぎが起こり、作業中の人々などが一斉に逃げ出した。警備にあたっていた隊員の一人は逃げないが、驚愕の顔で固まっているだけだ。

 それら全てを飛び越え、サキは作業中の現場に飛び込んでいく。

 激しく物が激突する音が連続。向こうで粉塵があがり、金属の拉げる嫌な音まで聞こえてくる。どうやら、そのまま瓦礫やら車に体当たりし跳ね飛ばし突き進んでいるらしい。

「えぇぇっ……」

 あちこちから呻き声があがる。

 こんな感じでサキを重機代わりに使えればいいのだが、事はそう簡単ではない。燃料代わりにお揚げをやったとしても、そのうちには拗ねるか飽きるかするだろう。気紛れなサキは、なかなか使い処が難しいのだ。

 また悲鳴があがった。

 どうやらサキが戻ってくるらしい。

 様子を見ようと顔を出していた人々が、再び突進してくる大きな狐の姿に蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。先程の逃げなかった隊員は、またしても固まったまま悲鳴をあげるばかりだ。

「「ぎゃああああっ!」」

 そして、停車したままの車両の運転席と助手席からも悲鳴があがる。

 フロントガラスいっぱいに迫る尻尾の多数ある大きな狐の姿は、どんな3D映画よりも大スペクタクルだ。たとえそれが不意に消え、可愛らしい少女が車の横に立つ亘へと突っ込んだとしても、しばらく放心状態なのであった。

 亘は肩にサキを抱き車へと乗り込む。

「とりあえず通れそうですから、早いところ行きましょうか」

 シートベルトを締めていると、いそいそとサキが膝に這い上がってくる。さも当然のように椅子代わりに座って持たれかかった。上を向いて見上げ、何かをねだるような顔をしてくるが、もちろん亘には分かっている。

「へいへい、お疲れお疲れ」

 サキの腹に手を回し引き寄せ、さらには頭を撫で髪を梳いてやって、喉をくすぐってやる。働かせた後にきちんと褒めてやらねば、これがけっこう拗ねるのだ。

 前座席の隊員たちは恐る恐ると振り返り、そこで甘えるサキを何とも言えない顔で見ている。恐るべき生物が自分たちの後ろに座っていると改めて認識したらしい。

「大丈夫ですよ。サキは良い子なので」

「んっ、当然」

 亘の手を甘噛みしながらサキはご機嫌である。

 隊員たちは無理矢理納得し、今だ喧噪収まらぬ前方へと車をゆっくりと走らせる。もちろん一部始終を見ていた者たちは我先にと道をあけ、物陰から恐る恐ると見てくる状態だ。

 チャラ夫はまだ爆睡して、けっこう図太い。


◆◆◆


 亘は薄らと汗ばみ、揺れる車内で暑さに耐えていた。

 暑いなら窓を開ければいいのだが、これが妙な遠慮で窓が開けられない。なぜって、車内温度を管理する運転者に気を遣わせてしまいそうであるし、ひょっとすると臭いなどで不満があると思われてしまうかもしれない。

 しかも車内は冷房が効いて、それほど暑くはないのだ。

 では、どうして亘が暑いかと言えば膝に座るサキのせいだ。あのままべったりと張り付いており、その体温のせいで亘は暑さを感じているのだ。

 一度は横に座らせようとした。

 だが、脇に置こうと持ち上げたところで激しく抵抗され――それは運転に支障が出るぐらいの暴れっぷりで――やむなく断念したのだ。しかも、一度は重機代わりに使っているので、あまり強いことも言えやしない。

 斯くして亘は窓を開けるべきか開けざるべきか、悩み続けている。

「うぁー、まだ眠いっす。思ったよか遠いっすね」

「距離的にはそう遠くはないけどな、この道の状況もあるだろ。しかし、日射しが熱いとは思わないか」

 さり気なさを装いつつ、不自然に付け加える。

 ここで話題を振って、窓を開けてやろうというのが亘の作戦である。そこまでするなら堂々と開ければいいのだが、それが出来ないのが性格だ。

「俺もそう思うぞ。暑くって我慢できないから窓を開けて欲しいぜ」

「そうだな。よし、窓を開けるか……ん?」

 喜んで応えた亘であったが、ここには居ないはずの声に戸惑った。しかも、その聞き慣れた声は荷台から聞こえてくるではないか。

 亘は膝に重しがあって振り向けないため、代わりにチャラ夫が身を捻って荷台を覗き込んだ。

「あっれぇ、やっぱイツキちゃんじゃないっすか。そんなとこで何してるんすか」

「もちろん潜り込んで来たんだぜ」

「さっすが忍者っすねー。おっ! その毛布で隠れ蓑の術っすか」

「毛布なんて使うもんじゃないって俺は学んだぜ、もう暑くてダメだ。なあ窓開けてくれよ、あと水も欲しいんだぞ」

 勝手に乗り込んで来た割に、イツキは注文が多い。

 あげくに狭い車内の中で場所を変えるため動きだす。頭から後部座席の背もたれを乗り越え前転、ひっくり返りながら手足の位置を整え、背中でずり上がって座席の真ん中に座ってしまう。その柔軟性には感心してしまうぐらいだった。


「うー、暑かった」

 軽いシャツだけのイツキは胸元をパタパタさせる。女の子らしい独特の甘い匂いが鼻腔をくすぐり、亘はしばし暑さに耐えようと決めた。だがしかし無慈悲なチャラ夫が窓を開け台無しだ。

「どうして、ここに居るんだ。勝手についてきたらダメだろうが」

「だって小父さん一緒にいてくれないし、俺が寂しくなるのも当然だろ」

「寂しいとか言われてもな」

「もちろん嫁として、お勤めが大事なのも理解しているぜ。それには文句は言わない。だから俺は、お勤めを手伝って寂しくないようにするんだ」

「いや勝手に嫁とか言うな」

 イツキはニカッと明るい笑顔になった。

「親公認だし今更だぜ」

「藤源次の奴め、まだそんな事を」

「トト様だけじゃないぜー」

「ちょっと待て、それはどういう意味だ」

「内緒なんだぞ」

 車の運転が荒くなったのは、恐らく気のせいではない。

 ここから戻すわけにもいかず、イツキが居る事を正中に連絡し連れて行く。それが決まるとイツキは、なんやかんやと最近の出来事を報告してくる。

 いろいろ喋りたい事があったらしい。

「でさ、正中さんってば俺にいろいろ手伝えって言うわりに。デーモンルーラーを使ったらダメって言うんだぞ」

「修験者関係が使った場合、副作用が出ると言われているからな」

 恐らくそれはDPの暴走だろうと亘は思った。自分はその暴走をそれなりに制御できているが、しかしかなりレアな状態らしいと法成寺から聞いているのだ。

「俺だけ仲間外れとか悔しいんだ。小父さん何とかしてくれ」

「分かった何とかしよう」

 頼られると応えたくなってしまうのは人のさがだが、亘の場合は特にそうだ。人助けなどしたくはないが、こんな感じで我が儘っぽくお願いされると嬉しくなって引き受けてしまう。

「やった! やっぱり小父さんは頼りになるぜ」

 抱きつこうとしたイツキだが、すっと伸びたサキの手が押し返している。両者の間で押し合いが始まり拮抗している状態だ。

「何とかって、兄貴どうするんすか?」

「そうだな。ある程度賢そうな悪魔を見つけたら、しっかりお願いしてイツキに従うように説得すればいい。どうだ、これで問題ないだろう」

「それ、俺っちの知ってるお願いとか説得じゃないっすよね」

 非常識な言葉にチャラ夫は呆れ気味だが、亘は大真面目だ。

「イツキは、どんな悪魔がいい?」

「うーん、そうだなぁ。可愛いか格好いいのがいいな」

「少し探してみるが、可愛い格好いいか……分からんな。小さいと可愛いのか? しかし格好いいとなると、ナマハゲみたいな感じか……つまり小さいナマハゲを見つければいいのか。いや、ちょっと違うな」

 亘は考え込むが果たして正解は何なのか、全く分からないのであった。

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